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42 クロエ、絶望に沈む※
それから暫く、忘れたい夜が続いた。
小さな窓から覗く太陽と月だけを頼りに時間を知る日々を繰り返し、誰とも喋らず、夜になると部屋を訪れるライアスに無理矢理に抱かれた。
彼の話によると映像石は王都の研究所に渡ったらしい。
朝も夜も、もう何もかもがどうでも良くて、ただ流れる涙だけがまだ悲しむ心を持っていることを教えてくれた。どんなに辛い気持ちになっても、生きていると。
「………魔族はどんな風にお前を弄んだんだ?」
反応を返さない私に飽きたのか、ライアスは欠伸をしながらそんなことを聞いて来た。
私はキツく彼を睨み上げる。
気丈な声が出るように願いながら口を開いた。
「あのような野蛮な場所に興味を持つ必要はありません。あそこは下劣で私たち人間の足元には到底及ばない生き物の住まう場所です。あなたが気にすることはない」
「なるほど……お前がそこまで言うとは、」
クツクツと厭らしい笑い声が空気を震わせる。
「だって、その通りですから。私はあの場所で過ごしたことを思い出したくもありません。忘れたいのです」
「それはそれは辛いなぁ……」
「………んっ、ライアス様…!?」
「お前がそんな悲しい記憶を持っていたとは知らなかった。不要なことを忘れられるように、医師に即効性のある薬を調合してもらうよう頼んでおく」
ライアスは一人納得したように頷くと、再び私の身体を掻き抱く。奥を押された拍子に、先ほど吐かれた精がまた蜜口から少し溢れ出た。
「っは、あ、んぁ……っやぁ、あ、」
「出すぞ、クロエ……!」
「ん、あっ……んんっ」
熱い欲が腹の中に広がっていく。
どうかすべてが無になって排出されることを願いつつ、満足したように抱き寄せるライアスの口付けを受け入れた。ビビはこの状況をどう思っているのだろう。そんな馬鹿げたことを考えてみるぐらいには私は疲れていた。
心も身体も鉛のように重い。
この地獄はいつまで続くのだろう。
「そうだ。お前に朗報がある」
「………?」
明るい声に私は少しだけ首を傾げる。
着衣を整えながら珍しく上機嫌な元婚約者は、明日妹であるピエドラ王女の誕生日パーティーがあるのだと伝えた。ピエドラ・アンシャンテはもうすぐ十六歳になるらしい。
「めでたいことだろう?どうやら妹はこのところ異国の貴族に入れ込んでいるらしくてなぁ。その男も招待したからと先ほど舞い上がって報告して来たよ」
「それが私とどのような関係が……?」
「彼は爵位持ちの有名な医師なんだそうだ。このひと月、お前を抱き続けたが一向に妊娠する気配がない。一度、名医に診てもらった方が良いんじゃないか?」
私はカッと顔が赤らむのを感じた。
ライアスは私の不妊を疑っているのだ。
これほどまで執念深く種付けを行なっているのに、妊娠の兆候が現れないのは、私の側の問題ではないかと。べつに妊娠なんて望んではいないけれど、いざ言葉にして責められると傷付いた。
「事情を知らない異国の医師の方がお前も都合が良いだろう?明日は俺の愛人として出席しろ」
「………ライアス様!」
「間違っても、恥はかかせるなよ」
縋るように伸ばした手を擦り抜けて、ライアスは再び部屋を出て行った。
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