閑話◆ 雨が止んだら1

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閑話◆ 雨が止んだら1

 人間というものは、儚く脆い。  物心が付く頃に使用人から語られたのは、自分の命と引き換えに俺を産んだという母の最期。  魔族の王であった父がどうして人間である母に求婚し、番を組むに至ったのかは定かではないけれど、人間たちが好んで使う言葉を用いて説明すると、それは愛だったのだろう。  愛のために異種である父を受け入れ、群れから離れてこの城で出産に挑んだ母は呆気なく死んだ。そしてその死を受け入れられず、心を蝕まれた父もまた後を追うように病に倒れた。  負の連鎖、そんな言葉がお似合いだ。  混血の魔王は身勝手な異種間の愛の産物でしかない。 「このまま行くと……魔族の未来はありません」  幼少期から自分の世話役を買って出ていたクジャータが、言いにくそうにそう報告した時、彼が暗に自分に選択を迫っていることに気付いた。魔族の血を残すためには純潔ではない自分が異種族である人間に子を産ませる必要があると。  純潔の魔族を人間は受け入れてくれない。  父と母の出会いは奇跡に近かったのだと思う。肖像画で見た両親の姿はとても夫婦と呼べるものではなかった。  だって、そりゃあそうだろう。  白いウェディングドレスを着た母の隣に立つ父は、どう見ても獣だったのだ。獅子のような頭を付けて、鹿のような角を生やし、笑みなのか威嚇なのか分からない表情を浮かべている。薄気味が悪くて倉庫に仕舞ったままのあの絵は、まだ残っているのだろうか?  正直、そうまでする必要があるのかと疑っていた。  見ず知らずの人間の女を拉致して、愛のないままに子を身篭らせる。誰かの愛を力の源とする魔族がそのような方法で命を繋ぐというのは皮肉な話。  しかし、父も母も居ない自分の親代わりとなってここまで育ててくれた家臣たちには恩がある。何も成し得ないまま腐って終わるならば、少しぐらいこの身を以って貢献するべきではないか。  そんな押し問答を頭の中で繰り返すうちに、偵察がてらに忍び込んだ演奏会で不思議な人間に会った。  あれは確か、まだ魔力も少ない子供の頃。  いずれは人間の女と結ばれるのだ、と熱心に説き伏せられて、半ば無理矢理に王家の主催する大規模な演奏会に放り込まれた。小さな角は自分で隠すことも出来なかったので、ぐるぐる巻きにした上でやたらと重たい帽子を被らされていたことを記憶している。  煌びやかな光の下で踊る貴族の男女。  大人も子供も穏やかな笑顔を浮かべていた。 (ああ……ここには愛があるんだ)  幼いながらにそう思った。母の手を取って一生懸命に話し掛ける小さな男の子、見たこともない玩具で遊ぶ子供たちのグループ。楽しそうな笑い声がガンガンと頭の内をハンマーで殴り付けるように響いた。  お前たちが追い遣ったのに。  お前たちのせいで、孤独なのに。  教わった歴史をなぞりながら、沸々と胸の内には復讐心が募っていく。気が付いた時には暴走した魔力が落雷となって照明を破り、平和な演奏会は降り出した豪雨に呑まれていた。  やってしまった。  ポツポツと身体に当たる大きな雨粒を感じつつ空を見上げていたら、腕を引かれた。 「ここに立っていたらあぶないわ。こっちに来て」  どんよりと曇った空の下を走って行く赤い髪。  まるでそれは自分を導く光のようで。
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