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04 クロエ、曝け出す
「え?今から部屋に……?」
その日の夜遅く、ギデオンが部屋に来るとバグバグから通達があった。
私は編み物をしていた手を降ろして鳩首の彼女の顔を見る。表情は分かりずらいけれど、そのぎこちない動きから、どうやら彼女自身も動揺しているようだった。ついに夜伽としての仕事が始まるのだ。
何もないように思われた部屋だったが、魔王に言われた通りにバグバグに申し付ければ、色々と準備してもらえた。例えば読書や手芸などといった娯楽に、私は誰の邪魔も受けることなく没頭できたのは有難いことだった。
夜伽のために「準備する必要がある」と言うバグバグに案内されて、私はすでに湯の張られた浴槽に浸かる。水面には薔薇の花びらが浮かんでおり、彼女曰く湯の中には特殊な効能のあるオイルが溶けているらしい。
(………身体を温める作用があるのかしら?)
手足を広げると、心なしかポカポカしてくる。
湯上がりには肌がしっとりと保湿されている感じがした。
バグバグは手慣れた様子で私を座らせて、美しい化粧を施すと、ナイトドレスを着せて部屋を出て行った。薄い布地はあまり身体を隠すという能力に長けておらず、目を凝らすと胸の先端が見えそうだ。
私は鏡に映る自分の顔を覗いてみた。
悪女らしい波打った赤い髪に気の強そうな緑色の瞳。ビビが私に「鷹の目」と言ったのもあながち間違いではない。ぼーっとしていても気の抜けた顔にはならず、私はいつも使用人に気を遣わせていた。
(こんな女に夜伽を申し込むなんて…変わってるわ)
ギデオンの黄色く色付いた双眼を思い返していたら、部屋の扉が開いて魔王本人が姿を現せた。
「クロエ、それでは今日から宜しく頼む」
私のそばまで歩いて来て、迷いなくそう言うギデオンの顔を見上げる。彼もまた入浴を済ませたのか、銀色の髪は毛先がまだ少し濡れていた。
「魔王様……私は理想的な女性の体型ではありません。ペルルシアで美しいとされる大きな胸も持っていませんし、髪もこのような赤毛です」
「それがどうした?」
「貴女が妻に迎えようとしているピエドラ王女は私よりも豊かな身体をしておりますので、どうか落胆されませんよう…」
ペルルシアの女が皆このような残念な身体ではないことを念のため伝えると、ギデオンは「なるほど」と頷いた。
大きな手が伸びて来るとそっと私の髪に触れる。
胸元まで流れる毛の束を弄ぶ指先がくすぐったい。
「クロエ、俺が君に閨の指導を頼んだのは君がアンシャンテに恨みを持つことが理由だけではない」
「え?」
「貴族たちが噂しているのを聞いたんだ。グレイハウンド家のクロエはそれはそれは素晴らしい性技を習得していて、情婦としては最高だと」
本当か?と尋ねるギデオンの目を見返すことは出来なかった。
私はわずかでも期待したのだ。彼が他の誰かではなく私を選んだ別の理由に。なにか、私だけにしかない価値があるのではないかと、勝手に期待した。
結局のところ、この魔王は聞き齧った知識で私を選んだだけに過ぎない。性技を心得ていて情婦に最高なんて、とんだ褒め言葉だと思う。誰が流したのか知らないけれど、いくら努力を積んだところで結局、裏で流れるのはこういった噂。
「………良いでしょう。貴方の満足のいく結果が残せるように、私はグレイハウンド家の名に掛けて尽力いたします」
ナイトドレスの肩紐を解くとストンと布地は地に落ちた。
落ちたのは私のプライドではないかと一瞬過ぎる。
いいえ、プライドは捨ててなるものか。
私はあくまでも仕事として、この男の相手を務めるのだ。例えそれが嘘に塗れた噂であっても、私はクロエ・グレイハウンドという娼婦のような女を演じ通す必要がある。それこそが彼の望みなのだから。
一糸纏わぬ姿となった私を見て、ギデオンが息を呑んだ。
「はじめましょうか、魔王様」
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