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48 クロエ、兎に諭される
「ギデオン、知ってるか?尻の穴から人間は生まれない」
「そうだな。いかにもそうだ」
「魔王がアナルセックスとは良い趣味だ!」
大真面目な顔で魔王の角を小突きながらそう言う男に、被せるように相槌を打ったのは彼の分身たち。ここで言う分身とはつまり、三手に分かれた首のことを言う。
ピシッとしたスーツの上に白衣を羽織って背筋を伸ばしたこの男の異質な点は頭が三つあること。それぞれが可愛らしい兎の首を被っているものの、クジャータやバグバグと違って一目で分かる違和感があった。
私は隣で座るギデオンをこっそりと観察する。
不機嫌そうであるものの、驚く様子はない。
「俺だって変態じゃない、ただ経験として挑戦を…」
「馬鹿たれ。お前自分の尻にそのデカいブツが入ると思うか?切れ痔で済んだらラッキーだ」
冷静な顔で展開される品のない話に、私は自分がどのタイミングで会話に介入するべきか悩んだ。
有耶無耶に終わった昨夜の後、目覚めたらベッドの側にこの見知らぬ男とギデオンが立っていた。「おはよう」と声を掛けられて、検温のため額に触れた男が血相を変えてネチネチと魔王を責め出したわけだけども。
「ときにクロエくん、肩の怪我は?」
いきなり呼ばれた名前に驚いた。
「あ、もうあまり、痛くないです……」
「そうか。すごいだろう?痛みを吸引するトカゲが居てね、三匹ほどくっつけたら吸い取ってくれたよ」
「トカゲですか……?」
出来れば聞きたくなかった話に青い顔をしていると、男は見た目に反して爽やかな笑い声を上げた。割れた三叉の首が声に合わせてフルフルと揺れる。
昨日よりも穏やかな顔で私たちの遣り取りを見ているギデオンに、助けを求めて目を向けた。
「あぁ、紹介がまだだったな」
「え?僕のこと?」
「こいつはガフ。見ての通りヤブ医者だ」
「失敬な!医学の知識はある!」
「失言だぞギデオン、この変態野郎!」
「そうだそうだ!」
三つの首が並んで反論する姿はとても不思議な光景で、私はうんざりした顔で閉口する魔王を見て笑ってしまった。
「一斉に喋るな。分かったか?」
「っちぇ、はいはい」
「ガフは俺が小さい頃から一緒に育ったから……昔馴染みみたいなものだな。触れた相手の記憶を辿れるっていう厄介な特技があるんだ。気を付けてくれ」
ビックリしてガフと紹介された男の方を見る。
兎首の顔が含んだ笑い方をしたような気がした。
「うん。君のことは色々と見せてもらったよ、眠っている間にね。ペルルシアの王族の犠牲にならずに済んで良かった」
「………っ、」
「ガフ!」
ギデオンの注意を受けて兎の首はそれぞれ互いを見ながら首を竦めた。どうやら反省の意を示しているらしい。
「おっと、ごめんね。血生臭いこと思い出しちゃうかな?」
「………いえ。本当に記憶を辿れるんですね」
「まぁね。勝手に覗き見たことは謝るよ、確認すべきことがいくつかあったからさ」
「大丈夫です。知られて困ることはそんなに…」
いや、無いとも言い切れない。
ガフは私がギデオンした告白紛いのことや、ライアスに受けた屈辱も知ったのだろうか?嫌ではないけれども、あまり嬉しい気持ちではない。
私の表情を見て何かを察したのかガフが口を開いた。
赤い目が宝石のようにキラキラ光る。
「必要なとこ以外は流し見だよ。それに僕は口が三つある割にはお喋りではない」
「お喋りではあるだろう。煩くて堪らない」
「口が堅いってこと!」
ガフは茶々を入れるギデオンを振り返って舌を出す。
「でもね、クロエくん。差し出すことだけが愛じゃないと思うんだ。手段を変えてみたら?」
「え……?」
「どうやら君は秘密を抱えてるみたいだし」
詳しい話を聞く前に、部屋の扉が開いてバグバグが部屋に入って来た。たむろする男たちに睨みを利かせて、鳩首の彼女は私を浴室の方へと引っ張って行った。
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