49 クロエ、指切りをする

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49 クロエ、指切りをする

 それから暫くは、島の皆との再開で慌ただしく日々が過ぎていった。  鉱山からサミュエルまでもが会いに来て、私にアメジスト色の美しく磨かれたルースを渡してくれた。ベッドサイドの机には色々な人がくれた宝物がお守りのように並べられている。私はその中から、ギデオンにもらった銀の指輪を取り出してみた。 (………なんだか懐かしいわ)  小さな花が彫られたシンプルな指輪。  内側には銀を意味するペルルシア語が書かれている。  こんなものを以前、どこかで見たことがある気がする。どこだっただろう。そんなに珍しい形ではないと思うけれど、すごく昔に私は目にしたような。  記憶を紐解いていく途中、ノックの音がした。  目をやると部屋の入り口にギデオンが立っている。  ガフと名乗る医者と話して以降、二人で会ったりする機会はなかったので私の身体は強張った。ナイトドレスから伸びた脚をピタリと合わせてモジモジと擦り合わせる。 「………クロエ、」 「は、はい……!」  前のめり気味な返事を聞いてギデオンが笑う。  部屋の空気が少しだけ軽くなった気がした。 「なかなか時間が取れずにすまない。こうやって話すのは随分と久しぶりな気がするが…」 「そう…ですね」  再び重たい沈黙がその場に流れた。  私は俯いたままの魔王の様子を観察する。  目に少し掛かかる銀色の髪、彼が魔族であることを象徴する二本の角、白いシャツの下から覗く屈強な身体。そういえばペルルシアで会った時は角を隠していたようだけど、魔力を使えば引っ込めることが出来るのだろうか?  視線が合わないのを良いことにジッと見ていたら、ふいに顔を上げたギデオンと目が合った。 「………っ!」  びっくりして私はオロオロと慌てる。  新たに加わった重みにベッドが軋む音がした。 「クロエ、俺のことが怖いか?」 「………いいえ」  遠慮がちに伸びて来た手が頬に垂れた髪を私の耳に掛ける。こんなに近い距離で話すのは本当に久しぶりで、どうしても意識してしまう。  離れてしまう体温が惜しくて、その手を握った。 「ギデオン…大切なことを伝えていなかったわ」 「?」 「助けてくれてありがとう。またこの場所に、連れて帰ってくれてありがとう。あなたとこうして再会出来るなんて、お城を去る時には考えもしなかった……」  柔らかな温もりに頬擦りしながら言葉を続ける。  と、そこで、王国に残して来た両親のことを思い出した。  ペルルシアに還ってもグレイハウンド家に立ち寄ることは出来ないままライアスに連れて行かれたから、父と母が元気なのか確認が取れていない。国を継ぐライアスを失った国王は、激怒してグレイハウンド家にその罪を押し付けるのではないか。 (ダメだわ…彼らは関係ないのに!)  十八年間生活を共にしたグレイハウンド公爵と夫人は絵に描いたような仲睦まじい夫婦で、親としては申し分ないぐらいの愛情を注いでくれた。ライアスの機嫌を窺って心身をすり減らしていた私が気を病まなかったのも、ひとえに彼らの存在が支えとなっていたから。  悪役として疎まれる人生の中で、自分を信じて愛してくれる存在が居ることはとても心強かった。 「ごめんなさい……実は両親のことが心配なの。私が居なくなって心配しているだろうし、アンシャンテ家が手を出していないかと思って……」  俯きがちに申し出るとギデオンは目を丸くした。 「ああ、グレイハウンド家の二人ならお前が眠っている間にこの島に来てもらった」 「え?」 「何かあってからでは遅いからな。以前住んでいたような大きな屋敷は用意出来なかったが、家と面倒を見る使用人は派遣している」 「そんな、どうしてそこまで……」  私のために、と言いそうになったところでギデオンの方が先に口を開いた。 「当然のことだ。この島にクロエが住んで、暮らしてくれると言うならば、俺はお前の家族を守る責任がある」 「………本当に私で良いの?」 「人助けではないんだろう?」  窺うように覗き込む瞳を見据える。  私はつい先日自分が言った言葉を思い出して赤くなった。  慈悲ではなく好きだから、ずっと一緒に居たいから。だから私はこの優しすぎる魔王の手を取りたいと思った。不器用で不慣れな彼を愛したいと。 「ギデオン……あなたのことが好きよ」 「良いのか?そんな大切な言葉を俺に使って」  揶揄うように、くしゃっと笑って尋ねる。  ようやく言える気持ちに目の奥が熱くなった。 「良いの、これは嘘じゃないから。本当に思っていることだから、何度だって言うわ。眠っているときも、起きているときも、伝え続ける」 「クロエ……」 「もう夜伽なんて呼ばないで」  どんな顔をしているのか見たかったけれど、涙の膜が張って上手く出来なかった。大きな手が私の頬を撫でて、流れ落ちる雫を拭ってくれる。  ぼんやりとした視界の中で魔王は笑った気がした。 「約束するよ。お前を妻として生涯愛すると」  そう言って持ち上げられた手に小指が絡められる。  交わされたぎこちない指切りに私も思わず微笑んだ。
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