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51 クロエ、誘いを受ける
「え?寝室を一緒に……?」
私の上擦った声を聞いてギデオンは首を傾げる。
「夫婦になるのだから良いだろう?」
「ふ…夫婦、ええ、まぁ……ですが……」
「お前が自分の時間がほしいと言うなら尊重する。べつに無理にとは言わない」
「そうですか………」
夫婦。その言葉の意味するところを彼は理解した上で、使っているのだろうか。夫婦とはつまり結婚して番になった二人を意味するのだ。
ことの重大さを今更ながら実感して、私は一人で顔を赤らめた。白砂丘で告白した時は気持ちが逸って深くまで考えていなかったけれど、魔王の子を為すためにはつまり、夫婦としての共同作業が発生する。
寝室が一緒になったらきっとそうした頻度も高くなるだろうし、今までのように夜伽としての遊びとは違う意味を持つはずだ。
「クロエ?」
「は、はいっ!」
素っ頓狂な声を上げる私を見てギデオンは心配そうに「大丈夫か?」と尋ねた。
伸びて来た手が肩に触れてコツンと額がくっつく。
「顔が赤いが熱は無さそうだな」
「あ、そう、そうですね……」
しどろもどろに答えながら、つい下を向いた。
「どうしたんだ?」
「……何がですか?」
「ここのところ、様子がおかしい。やはりこの先ずっと人間たちと離れて暮らすのは不安なんじゃないか?」
「違います、そうした意味ではなく…」
「じゃあいったい、何が原因で?」
夫婦の務めが心配なのです、とは言えまい。
ライアスに抱かれて改めて思い知ったけれど、魔王の魔王はとにかく大きい。連れ帰ってもらって最初にそうした行為に及んだ際はどういうわけか尻にまで侵入して来たあの凶暴な雄が、これから遠慮なく毎夜自分の身体に入るのかと思うと心配ではあった。
ペルルシアの城では診察という名目で部屋を訪れていたので、時間の関係上そこまで長引はしなかったけれど、この屈強な魔王はフィジカルモンスターでもある。好きな相手とそうした関係になるのは嬉しいことである一方で、私は自分の体力は果たしてどこまで持つのか不安だった。
しかし、寝室を一緒にという提案からそこまで連想していることは知られたくない。
「いえ、私は寝相が人一倍悪いので……やはりギデオンといきなり同室は難しいかなと」
「そうか。朝起きてお前の顔が一番に見れると嬉しいと思ったが、残念だな」
「………申し訳ありません」
ああ、なんとも胸が痛むお言葉だ。
こんなに愛らしいことを言う彼を拒否する罪悪感。
「もう少し慣れたら、是非ともお願いしますね」
「楽しみにしている」
パッと笑顔を見せて抱き締めてくれる。
力強い腕にまた自分がドキドキしてしまいそうになったので、天井の模様を睨みつけながら堪えた。なんだか意識しているのは私だけのような気もする。
そういえば、ギデオンはガフの診察があって以降、私に触れて来ない。尻穴を弄ぶ変態と評されたことにショックを受けたのかもしれない。
(寝室の話もあったし、今晩はお誘いがあるのかしら…)
腕の中で静かに胸を高鳴らせていたら、窓の外を一瞥してギデオンは慌てて私の身体を離した。「長居しすぎてしまった」と言いながらベッドから降りる背中を見守る。
「ギデオン?」
「最近夜は冷え込むから温かくして眠ってくれ」
おやすみ、と言われて扉は閉まった。
呆気なく去った魔王と別れて、私はまだ熱を保ったシーツを撫でて横になってみる。遠慮も配慮もしない、と言ったくせに実際のところ彼の行動はそうした気遣いのオンパレードだ。
断るべきではなかったのかもしれない。
意外にも奥手なギデオンのことだから、同じ部屋で眠ることになったって私が想像するような事態は起きなかった可能性もある。早とちりして拒否したせいで、尚のこと彼の気持ちが遠退いたように感じて後悔の色が滲んだ。
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