あなたをお守りいたします

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あなたをお守りいたします

 夜会から戻ったセレスティアは、タウンハウスに帰り着いたところでちょうど父のレッドフォード子爵と鉢合わせた。  荒天のため遅れて領地に届いたアレクシスからの手紙を読んで、取るものも取らずすっ飛んできたらしい。 「セレスティア、お前、あの、あの迷宮伯がお前に!」 「はい、お父様。あの方に今日の夜会で求婚されました」  困った顔のまま告げる。  セレスティアの様子を見て、子爵はなんとも言えない顔でため息をついた。 「……これ以上はないくらいの良縁であることは間違いない。当家への支援もして下さると仰る。レッドフォード家としては願ってもないことなのだが……。ただ、セレスティアはどう思うんだい、あの方を」 「大変紳士的で良いお方のように思いましたが、正直なところ、わかりません。特にあの方がなぜわたくしを妻に望まれたのかが」  本心からの答えだった。  アレクシスとセレスティアが会ったのは、夜会前のあの魔獣討伐での一度きりなはず。少なくともセレスティアの覚えている限りではそうだ。  そして彼は自分の治める領地……大迷宮があるクラウンホルト領からあまり出てくることはない。セレスティア自身もかの地に足を運んだ記憶はない。  お互い恋愛感情を抱く暇も機会もない。  しかし政略結婚の線を辿るにしても、現実的に見てレッドフォード子爵家を進んで望む理由は薄い。  今をときめく迷宮伯、結婚相手は引く手数多なはずだ。  となると、『守護の聖女』としての力を望まれたと考えるのが妥当か。  しばらく考えた末に口に出した。 「クラウンホルト伯はわたくしの能力を望まれたのでしょうか。それならば、わたくしとしても果たせる勤めがあるかと思いますし、レッドフォード家のためにもこの結婚は良いご縁だと思います」 「無理に嫁げという気はないよ、もしお前が望まないなら……」  セレスティアは首を横に振った。  恋焦がれる相手がいるわけではなく縁談の気配もなかった自分が、結婚できる上に家の役にも立てるならそれはとても幸せなことだと心底思う。 「お話を伺った時は確かに戸惑いましたが、この申し出をお受けしない理由はありません」  セレスティアはきっぱりと言い切った。  思えばこれは大変栄誉なことでもある。  国家の宝と呼ばれるかの英雄。彼をもっとも身近で守れれば、彼によって更に多くの人々の幸福が守られるだろう。  それはセレスティアの信念に合致する。 (それにきっとそれこそが閣下が私に求婚なさった理由ではないかしら)  そうに違いないとセレスティアは勝手に確信した。  ならば、と彼女は小さな拳をぎゅっと握りしめる。 「お父様、わたくし、全身全霊を懸けてあの方をお守りいたしますわ!」 「う? うむ……?」  彼女の決意の経緯など知る由もない子爵が戸惑って目を白黒させる中、セレスティアは思い出す。  空の一番高いところに似た、よく澄んだ青い目。  あの瞳、あの顔。夜会で口付けられた手の甲の感触。  胸が酷くざわついた。  その気持ちの理由はよくわからない。  ただ、とセレスティアは決意の目で虚空を見つめる。 (あんなに寛大で素敵な方だったのだから、私もあの方のご厚意に報いられるように立ち働かなくてはね)  また会った時は是非ともそう伝えようと、セレスティアは心に誓うのだった。  明けて翌朝。  先触れの召使いの後、アレクシスがレッドフォード子爵邸に姿を現した。  セレスティアは客間で父とともにアレクシスを迎え、婚約を受け入れる旨を告げる。  すると彼はすぐさまセレスティアの手を取って跪いた。 「改めて、セレスティア嬢。私が一生あなたをお守りします」  物語で見るような誓いだ。  まさか自分がそんなことを言われる日が来るとは、夢にも思っていなかったセレスティアは思わずドキドキしてしまう。  セレスティアだって乙女の端くれなのだ。 (でも、ドキドキしている場合じゃなくってよ。ちゃんとお伝えしなくては……)  高鳴る心臓を脇において、大事なことを忘れまいと口を開く。 「ご安心ください、閣下! わたくしの方こそ必ず、あなたをお守りする所存でおりますので!」  セレスティアの高らかな宣言を聞いて、アレクシスが目を丸くする。  驚いている様子であることに驚いたセレスティアだった。 「いや、セレスティア嬢。あなたは……」 「レッドフォード子爵家の名にかけて、必ずご期待にお応えします。わたくしにお任せ下さい、閣下!」  アレクシスも子爵も、変なものでも飲み込んだような顔をしている。  自分は何かおかしなことを言っただろうかと、セレスティアは訝しんだ。  しばらくして、アレクシスが自分の額に手を当てながら苦笑して言った。 「そうだった、あなたはそう言う方だったな……。全く、あなたを前にしては『迷宮伯』も形無しだ」 「……? 申し訳ございません……?」  セレスティアは首を傾げる。銀糸の髪がさらりと崩れた。 (なんだかわたくしを知っていらっしゃるふうだけど……) 「セレスティア嬢、私は心底あなたを大切にしたいと思っております。ですから、『私が』あなたをお守りいたします。どうしてもです」  良いね? と念を押すようににっこりと言われて、さすがにこれ以上「いいえわたくしが」とは言えなくなったセレスティアだった。  そして何故かその時ひと際大きく胸が高鳴った気がして、セレスティアは首を傾げた。  お互いに「守る」と言い張り一歩も譲らない。  奇妙な二人の婚約は、こうして結ばれたのだった。
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