思い出

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 麻希の父は鳥類の研究者で、麻希が小学校に上がる年に研究のためこの集落に越してきた。  麻希は小学五年生までここで暮らしたが、分校は少人数ですぐに溶け込め、土地の子に混ざって楽しい五年間を過ごした。  六年生になる春に、父が研究の場をアメリカに移すことになりこの地を離れて渡米、麻希が高二の時、父が東京の大学で常勤職を得ることができて帰国した。  社会人になった麻希は、今は東京で一人暮らしをしている。  光瀬の分校の友達とは、渡米してから連絡を取っていなかった。  それが先月、父の研究室に光瀬から封書が届いた。開封してみると中にもう一通封書があり、「同窓会の案内です。麻希さんにお渡しください」とメモがあった。  同窓会幹事の村上が、父の名前と大学名を新聞の科学文化欄で見つけ、大学宛てに送ってくれたのだ。  麻希は実家から転送された案内を見て、わざわざ父の勤務先を調べてまで声をかけてくれたことが嬉しくて、即参加することを決めた。  北屋旅館では、若女将が部屋へ案内してくれた。  既に食堂の方では、賑やかな酒盛りの声が聞こえた。 「去年から河川工事が始まり、大勢工事関係者が来てるんですよ。今日はうるさいですが、明日からお盆で工事も休みに入るので静かになりますよ」    そう若女将は説明してくれ、「夕食はお部屋にお持ちしますね」と言って部屋を出て行った。  麻希の部屋は二階で、六畳の和室は決して広いとは言えないが、それとは別に広縁には籐でできたテーブルと椅子が置かれてあった。  椅子に座って窓を開けると涼しい風が入ってきた。遠くではフクロウが鳴いている。  風に当たって涼みながら、麻希は案内の封書をバッグから取り出す。実は封筒には手紙と共に一枚の不可解な写真が入っていた。  それは麻希が転校する日、校庭でクラス全員が並んだところを担任の先生が撮ってくれた集合写真だった。  十四人が並んでいるのだが、その後方の一人、多分男の子の顔が黒く塗りつぶされていた。  顔が写っているほかの子は皆名前と顔が一致した。しかし、黒く塗りつぶされた顔がどうしても誰かわからない。 (それに……)  麻希は思い返す。 (クラスは十四人だった? 十三人?)  思い出せない。 (黒塗りの子は誰なんだろう? 確か途中で転校した子もいたけど……)  記憶が曖昧なのだ。  封書を開封した瞬間、何か特別な魔法をかけられたかのように、黒塗りの子の顔とクラスの人数だけ、(もや)がかかったように思い出せないのだ。 (えっ?)  麻希はふと、窓の外に視線を移す。    月明りに田んぼが見え、その脇には暗い森が広がっている。その暗闇の中からいくつもの目に見つめられているような気がした。  麻希はぞくっとして慌てて窓を閉めた。
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