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散策
次の日、のんびりした朝を過ごした麻希は、同窓会の時間まで懐かしい場所を巡ろうと考えていた。
「自転車を使ったらいいわ」
麻希が散策に出てくると声をかけると、若女将が自分のママチャリを貸してくれた。
まず麻希が向かったのは、通っていた分校だ。
両側に田んぼが広がる農道を自転車で走っていくと、稲をそよがせながら風が渡ってきた。穂が出た稲は少し重そうに首を垂れ始めていた。
子供の頃、友達とこの道を駆けまわったことを思い出した。
やがて遠くに小学校の体育館が見えてきた。懐かしい赤いかまぼこのような屋根が見える。
しかし近付くにつれて麻希は違和感を覚えた。次に見えてくるのは、古い木造平屋の校舎なのだがそれはなく、さらに近付くと隣の木造の体育倉庫もなくなっていた。そして同じ場所に、コンクリート造りの平屋の校舎と体育倉庫がそれぞれ建っていた。
正門まで来ると、麻希は自転車を降りた。門は開いていたが入るのを躊躇する。
というのも、校舎から僧侶を先頭に、黒やグレーのスーツ姿の男女が出てきてぞろぞろと体育倉庫の中に入っていったのだ。
何で体育倉庫にと不思議な気がしたが、邪魔してもいけない。正門から写真を撮るとその場を離れた。
今来た道をさらに進むと、光瀬川の手前に集落唯一の寺があった。山門や柵などなく、広い墓地の脇に本堂があり、通り沿いにはムクゲの花が咲き乱れていて綺麗だったのを覚えている。
寺の脇、手水舎の横に広場があり、よく皆で遊んだものだ。寺の奥さんがアイスキャンディーやスイカを出してくれたのも懐かしい。
(でも、なんでわざわざここで遊んだんだっけ?)
麻希は自分が何か大切なことを忘れているような気がした。
「あれ?」
しかし見慣れぬものを見つけ、そちらに気を取られ考えは中断する。
ムクゲの木があった場所に、まだ新しい地蔵が並んでいた。
きっとこの集落の誰かが寄進したのだろう。どれも愛らしい顔をしていた。 数えると十二体あった。
少し暑さを感じ始めた麻希は、川風に当たろうと自転車を漕いで川沿いへ向かった。
昔はこの川で友達と水遊びをしたり、石投げをしたものだが、今は大きな堤防ができて思い出の風景からすっかり変わっていた。
北屋旅館の女将が言っていた河川工事というのは、コンクリートの堤防を造る工事らしい。お盆に入って工事は休みで、川岸に工事車両が残ったまま人はいない。
しばらく堤防で風に当たり、若女将が持たせてくれたペットボトルのお茶を飲むと宿に戻ることにした。
もと来た道を自転車で帰ったが、途中、寺の先で一台の車とすれ違った。分校で見かけた僧侶が運転していたように見えた。近くで見ると、まだ若い僧侶のようだった。
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