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懐かしい場所
「あれ? シゲマキじゃね?」
夕刻、重田麻希が田舎の駅の寂れたロータリーを出て歩いていると、白いSUVが横を通り過ぎ少し先で停まった。
運転席の窓が下りて、声をかけられた。
「えっ? 誰?」
誰かわからない。
「俺、わかんね? 同級生の村上」
「えっ! 村ちゃん? 変わったねえ。特に髪が……」
小学五年以来だから、十三年ぶりだ。
同い年なのに村上の方が年上に見えるのは、少し後退した髪の毛のせいか。でも人懐っこいくりくりした瞳は面影があった。
「皆まで言うな。一応気にしてる」
「えへっ」
「お前、変わんねえなあ。乗ってくか?」
「助かるっ! 駅にタクシーなくて困ってたんだ」
麻希は後部座席のドアを開けてバッグを置くと、助手席に乗り込んだ。
「光瀬集落を見くびんな。夕方六時を過ぎたらタクシーなんて来ねえよ」
「そうかあ」
昔よりさらに過疎ってるわけだ、と麻希は思う。
「で、どこに送ればいいの?」
「ああ、北屋旅館さんまでお願いっ!」
「了解」
村上はそう言うと車をスタートさせた。
麻希は十一でここを離れ、十三年ぶりに戻ってきた。
同窓会の知らせを受け取り懐かしくなって参加を決めたが、泊まる場所がないので光瀬で唯一の旅館に予約を入れていた。
「ねえ、何か臭わない?」
麻希が言う。煙臭いような気がした。
「すまん、煙草だわ」
「頭髪と煙草の関係をお主、知らぬな」
「マジか……。一回、窓開けるな」
村上がそう言って窓を開けると、夏の空気が入ってきた。
「はあ──っ! 懐かしいなあ。光瀬の匂いだ」
もわっとした空気と共に、濃い緑の匂い、土の匂いに包まれた。日が落ちて、時折、涼しい風も吹いて来る。
この辺りはお盆が過ぎれば秋。盆の入りを明日に控えて既に晩夏と言えた。
「それにしても、村ちゃん、よく私がわかったねえ」
麻希が感心する。
「そりゃ、こんな田舎の駅に垢抜けたべっぴんさんが降り立ったら、同窓会のために帰ってくるシゲマキだと思うさ」
「お世辞もお上手になったねえ。連絡くれて嬉しかったよ。何人参加するの?」
「十三人、全員」
「え? 凄い! 嬉しいなあ。皆に会えるのかあ」
麻希は喜ぶ。
麻希や村上が通った小学校は、中心地の小学校の分校だったので、麻希の学年は一クラスしかなく、クラス替えもなかった。
村上とはぽんぽん言い合える仲で、確か夫婦漫才なんて言われてたような?
「あのさ……」
麻希はふと思い出して言う。写真のことだ。
「ん? 何だ?」
「ううん。なんでもない」
結局、聞きづらくて躊躇してしまう。あとで仲良しの女子に聞けばいい。
「そうだ。咲良ちゃんは元気?」
当時、仲が良かった友達の名を出してみる。
「咲良は本田と結婚して、スーパーの嫁さんやってら」
「ええっ! 咲良ちゃんが本田君と? そうかあ」
麻希は興奮して喋り続けた。
同級生や村上自身の近況を聞いているうちに宿に到着した。
「サンキュー! 本当に助かりました」
麻希はそう礼を言って、車を降りると荷物を取る。
「明日の同窓会、場所わかるか? 始まる十分前に迎えに来るわ」
気の利いた店なんてないので、場所を借りて飲食は係を決めて準備するらしい。
「え? いいよ。歩いていく」
麻希は申し訳なくて断る。
「いや、どうせ通りかかりだ。俺、下戸だしさ。じゃあ明日な」
「そうなの? 甘えていい? じゃあ明日、六時五十分にここで待ってるね」
車を見送った麻希は、薄暗闇に煌々と明かりが灯る旅館の玄関へ歩いて行った。
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