今すぐ殺して下さい

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「なぜ家族に感謝を?殺されると言ったじゃないですか」 「家族に問題があるとすぐにニュースになるでしょう。問題のある家族ですが、嫌いなわけでもないですし、警察に捕まってほしいわけでもない。本当に面倒です」 「情が移っているんですね」  彼はため息をついた。今日何度目だろうか。 「情が移る?移りもしますよ。僕は何不自由なく育ててもらいました。小さいころから、塾、英会話、ピアノ、ヴァイオリン、スイミング、サッカー、トランポリン、バレエ、あ、踊る方のバレエですよ?他にもたくさんの習い事を習わせてもらいました。経済的に困ったことは一度もない。ただ、たまに体罰があるくらいです。一番が取れないときなどにね」  彼はちらっと私に視線を送ってきたので、うんざりして唇を尖らせた。どんなに言われても一番を譲る気はない。 「あなたが死ぬのではなく、ご家族を警察に突き出すべきです」 「これだけ恵まれているのに?」 「恵まれているかいないかは問題ではありません。体罰を受けているかいないかが問題なのです」 「他人から見ればそうでしょう。でも僕にとって今のところは家族なんです。情は捨てられません」  面倒くさいな、家族という生き物は。わかっていても客観的な行動を根こそぎ奪ってしまう。だから面倒なんだ。やはり常に一番を取り続けていてよかったと思った。 「今、ずっと一番でよかったと思ったでしょう」 「思いました。面倒はイヤなんです」 「僕も同じです。だから殺して下さい」 「何でそうなるんでしょうか」 「僕が死ねば、体罰はなくなります。僕が存在することで体罰が起こり得るのです」  私は首を捻った。 「なぜそうなるのでしょうか」 「間違っていますか?」 「半分間違っています」 「あなたの家族がいなくなっても体罰はなくなりますよ」 「なるほど」 「それなら手伝ってもいいです」  彼の体の周りの空気が静止した。
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