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「遺書を書きかえなければいけませんね。シナリオはどうしましょうか」
「屋上で揉み合ってもらって私が助けに入ります。ご家族には飛び降りてもらいましょう」
「先に伝えておきますが、僕も犯人になるくらいなら死を選びます。このままだと僕が家族を恨んで、揉み合って落としたことになりますよね」
私はまたため息をつく。
「体罰をする家族を恨まない子どもは、感情が欠落しているんです。恨んで当然。殺されそうになれば生きようと揉み合うのも当然。正当防衛ですよ」
「正当防衛でも人殺しに違いはありません。あれ、でも遺書を残しているのに生き残ってもいいんですかね?」
「死のうと思っていても、いざとなれば死ねないのが人間です。だからあなたも私に、確実に殺してくれるようわざわざ頼んだんですよね」
私は含み笑いを浮かべた。彼は確実に殺されようとしている。
「……否定はしません」
ぼんやりと上辺りを眺めながら私は言った。
「んー、でも屋上にいなければならない理由とは何でしょうかね。閉鎖されていますから、よっぽどでないと入れませんよ」
「三者面談の日に、大事な話があると屋上に呼び出すのは」
「大事な話とか、屋上とか、間違いなく警戒されますよね。車の中で話そうって言われますよ。それか家に帰ってから。家に帰れば体罰もできますし、閉鎖的な空間は人間の冷静な判断力を奪います。する側もされる側も、両方にとって劣悪かつある意味最強の環境です」
窓の外を眺めると、いつの間にか雨が止んでいた。
「……虹ですね」
「ああ、それか。屋上からだと虹が綺麗に見えるかもしれません」
「行ってみますか?」
「現場検証ですね」
「まだ現場ではないですけどね」
「では、予定現場検証といきましょうか」
私がくくく、と笑うと彼も眼鏡の奥の目を細めた。
「そもそも三者面談の日に虹は出ますか」
「可能性はありますね。限りなく低いですが」
「そもそも、あなたが僕を知っている可能性も限りなく低かったんですけどね」
「そうですか?こう見えて毎日ものすごく勉強してるんですよ」
「はあ、そうでしょうね。でもそれと何の関係があるんですか」
「二番じゃダメなんです。一番でなくてはならないから」
そういうと、彼はさもおかしそうに笑った。
「二番の僕に言わないで下さい」
「日本で二番目に高い山は北岳ですよ」
私たちは目配せし合った後、肩を並べて階段を上った。屋上は閉鎖されいたが、私たちは二人とも、屋上への抜け道を当然のように知っていた。
虹はほとんど消えかかっていたが、予定現場検証としては滞りなく進んだ。この学校で飛び降りは難しいという結論に至って、私たちは顔を見合わせ大きな声を上げて、高らかに笑った。
絶対に一番は譲れないな、と心に決めた瞬間に虹は完全に消えた。
(了)
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