アスライン王国 第5話 矛盾 リュウサイド

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矛盾 リュウサイド リュウサイド  こんな嫉妬をするのはお門違いだとわかっている。  ヤマトさんに告白して、キスをされたあの日から、ヤマトさんを避けてきたのはぼくの方だから。  ぼくの涙をキスで返してくれたヤマトさんに、ぼくはたまらなく燃える劣情を意識してしまった、と同時に怖くなる。  この感情を解き放てば、抑えてきたぶん、普通ではいられないことはわかっていた。  ヤマトさんとの関係性、メンバーとも。  果てにはチームを揺るがす自体にもなることは明らかであり、ファンにも嘘をつき続けることになる。その時から全てが怖くなった。  ひどく冷静な頭で無理矢理、脳に命令する。  ヤマトさんにキスしてもらったことで、ぼくの恋は叶ったんだ。美しい思い出のまま、醜い終わりを迎える前に、ここで、この恋を殺してしまおう。  自分の一時の恋心など、無かったことにして忘れてしまおう。ぼくはヤマトさんに関する全ての感情に蓋をし続けて、毎日「普通の」リュウを演じ切ることにした。    けれどその思いはこの国に来て粉々に、打ち砕かれることになった。激しい雨の振るなか、祭りの最後のフィナーレが鳴り響く。  虹を求める人たちの混乱に巻き込まれ、道を見失って、ぼくがたどり着いた先には、楽しそうにふたりの踊りを楽しむヤマトさんとターニャがいた。  まるで映画のようなふたりの世界に、声を失う。  ヤマトさん!止めて!こっちを見てよ!と声を出して叫びたいのに、ぼくの声は喉から出てこない。  音楽がフィナーレを迎え、華々しいトランペットが雨の音に紛れて高く響く。  音楽が終わると同時にふたりの距離が近づき、ターニャが、ヤマトさんの髪を撫でる。そのつぎの瞬間、ターニャが、愛おしそうに、その、ヤマトさんの唇に、唇を、当てていた。  お腹の中にブラックホールができたみたいなショック。  どんな呼吸をしてもそこに吸い込まれて、息をしてるのに、してないみたいだ。  涙が勝手に溢れてくる。ぼくは反射的にふたりに背を向けて走り出していた。どこか遠くへ。どこでもいい、遠くへ行きたい!涙で前が見えないまま、めちゃくちゃに走る。幾人もの人とぶつかっては謝る。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。  ヤマトさんの優しさに甘えて、あの時のキスを受け入れてしまったから?それとも自分のほんとの汚い感情を偽っているから?だから、神様はあんな、意地悪をするの?どうして……、    だんだん人がまばらになっていく。  気がつくと、、海の近くの森まで走ってきてしまっていた。日も落ちてきて、辺りが夕闇の薄明かりに照らされる。  マネージャーに、連絡、しないと行けないのに。涙が止まらない。人影を避けて、どんどん森の奥へと向かった。やっと一人になれるところを見つけて、ぼくは倒木の上に座り込む。辺りにはもう誰もいなくなっていた。  遠くで小さな子がはしゃぐこえがする。それも暫くすると、消えていき、本格的に暗く、静かな夕暮れ時がやってきた。  顔をあげられないまま、自分の腕の中に顔を沈めた。どのくらいそうしてたんだろう。  マナーモードのままの携帯がチカチカと、すごい大量の新着メッセージを送ってきていた。ぼくがいなくなったから、ちょっとした騒ぎになっているみたいだ。知らないうちに2時間も経過していた。迷ってぼくはアキに電話を掛ける。   「リ、リュウ!リュウ!?」    ワンコール鳴り終わらないうちにアキに繋がる。   「大丈夫!?どこにいるの!?怪我とかしてない?!誘拐されてない!?」    鬼気迫る勢いのアキの声に胸がジン、となる。   「ごめん、なさい。まだ、みんなのところに帰れそうにない、ぼく。」    やっと止まった涙の後をごしごし拭いて、情けない声しかでない声を絞り出す。   「海の近くの森にいるんだけど、あと少し、頭を冷やしてかえりたいって、みんなに、言って。どこも怪我してないし、誘拐もされてない。大丈夫だからって、みんなに、伝えてくれない?」    やっと、それだけ言って、電話を切ろうとする。   「切るな!今から、そこに行く。もう近くだから、俺しか行かないから。みんなにも、お前が無事ってちゃんと伝えるから。だから、お前に一目会う迄、電話切んないで。わかった!?」    切羽詰まったアキの声にずいぶん心配させてしまったと胸がいたくなる。はっ、はっ、と走りながら、アキの息が切れる音が聞こえる。ふと、足音が近づいてくる音がした。  倒木の椅子から立ち上がり、後ろの暗闇を振り返った。  ずいぶんと真っ暗な不気味な暗がりから、びしょびしょに汗をかいて、綺麗な顔や腕に擦り傷を作ったアキが現れる。  きっと森の中を掻き分けて、僕を探してくれてたんだ。  胸がいたくなる。  僕を見つけると全速力になって、アキが飛び付いてきた。  熱い。  雨にも濡れたあとの水滴か、汗なのか、顎のしたで、滴って光っている。力の限り抱きしめられた。燃えるように熱いアキの体温に、また、止まっていた涙が、溢れてきた。   「バカッ!バカッ!リュウのバカッ!どんだけ心配したとおもってんだ!お前がいなくなって、生きた心地がしなかった!なんで黙ってどっか行く!みんなだって死ぬほど心配して……、あ、連絡しないと、」    アキが携帯を操作し、マネージャーに電話を掛ける。もしもし、見つけたよ、リュウ。うん、うん、うん、怪我もしてないし、無事だよ、うん、大丈夫。みんなにも心配ないって伝えて。よかった、うん、替わるね、    と言って電話をぼくに回す。  ぼくはまた溢れてきた涙で上手く説明できないまま、御免なさいを繰り返した。またアキに電話を換わる。    うん、うん、もうちょっとリュウが落ち着いたら、俺が責任もって、連れて帰るから、みんなは予定どおり晩餐会に出て。もう少し落ち着かないと帰れないと思うから、うん、うん、大丈夫。何かあったら連絡する。うん、うん、わかった、うん。ありがと。    静かに電話をきってもう一度ぎゅっとぼくを抱きしめて、アキはぼくの頭を胸に引き寄せた。   「お前に何かあったら、と思ったら怖くてずっと膝が震えてた。」   「うん……、」    と僕は頷く。   「ごめん、」    小さく謝ることしか出来ない。   「ほんとに無事でよかった……、」    アキの声が震えた。見上げると、ポロポロとアキの目からも涙がこぼれていた。また、引き寄せられて腕に力を込めて抱き寄せる。その強さに、また泣きたくなる口角をグッと引き締める。   「ありがとう、」    と言ってそのままアキの胸の熱さに頬をつけていた。こんなに熱くなるまで、ぼくを探して、くれてたんだ。申し訳ないけど、嬉しい気持ちになる。    その時、遠くで、パン!と鳴った。ビックリして、音のした方を見ると、沖の島の方で小さく花火が上がってるのが見えた。   「少し歩こう、」    そう言われ、手を繋いだまま、アキと砂浜を歩く。  靴を脱いで、裸足になった。  慌ててアキが僕の靴を拾い追いかけてくる。  くすっと笑ってその手から逃げる。  アキはむきになって、僕を追いかけてくる。花火の火に向かって、全速力で走った。  後ろ足が、濡れた砂を蹴って、小さな塊を撒き散らす。  アキはまだ僕に追いつけない。  遠くに小さな花火がまた上がるパチパチと音をたてて金色の光が散って消える。  そのままぼくは海に飛び込んで泳ぎ出す。  水を吸うジーンズとTシャツは重たくなってからだに纏わりつく。  後ろから、アキも海に飛び込む音が聞こえた。  足がつかないとこまで泳いで止まると、アキが僕に追いついて、またぎゅっと抱きしめてきた。  ぼくの靴も自分の靴も砂浜に投げ捨ててきたみたい。  怒りを通り越して、また泣きそうなアキの髪に触れて、かきわける。足が届かない。海に沈みそうになる。僕より身長の高いアキは足が届くみたいだ、僕の腰を抱え、抱き上げられる。   「どういうつもりだよ、」    アキがやっと声にする。眉をひそめて苦しそうな表情のアキに胸が痛くなる。   「ヤマトさんがさ、」    言葉をきって、ぼくは、アキとは反対の暗闇を見つめる。   「ターニャと、キスしてた、」    それだけ言うと、また、涙が溢れてきた。なんで、こんなに、泣き虫なんだろう。ぼく。情けなくて、自分の頬を手の底でぬぐった。    チッと大きな舌打ちが聞こえて、次の瞬間には、アキの胸のなかで、上をむかされ、キスを、されていた。  唇を離したあとも2度も、3度も。ぼくの唇を啄むように、アキがキスを繰り返してくる。  心が、痛くて、悲鳴をあげていた。  アキの長い指がぼくの耳にかかる髪を掻き分けて、くしゃっと髪をつかまれる。  そのまま、優しく撫でられて、また泣きたくなる。繰り返される優しいキスに、うっとりとしてくるのに、胸はずっとキリキリと痛い。  慈しんで、ぼくの頬をゆっくりとアキの掌が撫でる。  くち、と水音をたてて、舌が、入ってくる。身を任せていると、何度も、何度も、角度を変えて、アキが舌を絡めてきた。   「んっ、」    声が漏れる。キスしたまま、アキが僕を抱き上げ、砂浜に戻ってきて、静かに砂浜に背中を押し付けられた。  そのまま、髪の毛をぐしゃぐしゃにかき混ぜられながら、アキは激しく唇を求めてくる。アキの舌にかき回されて、頭のなかがジャムみたいにぐちゃぐちゃになる。なにも考えられない。アキの肩をぎゅっとつかみ、ぼくはそれに応えて、唇をあわせていた。   「なんで、」    息荒くして、アキが、僕を見つめる。   「抵抗、しないの?」    責めるような瞳。知っていた。ひとつ年上のこの美しい男が、ぼくと同じような劣情を、ヤマトさんに持つような、その感情を、ぼくに持っていると。   「ぼくのこと、好きなんでしょ?」    いつものように、軽くからかうようにそういった、   「もっとキスして、その先も。ぼくをめちゃくちゃにしていいよ……、めちゃくちゃにして、ヤマトさんのこと、忘れさせてよ。知ってるんでしょ?ぼくがどんなに、醜い感情で、ヤマトさんのこと見てるか。ぼくだって知ってる、アキが、ぼくに……、」    そこまで言って……、突き放された。   「俺、はっ、」    と言って、アキが背中をむける。   「お前に、笑っててほしいだけ……、いつも、幸せって、笑ってて、ほしい……だけっ……、なのにっ、…………なんでわかんないっん、だよっ……、おま、えはっっ、」    アキがぼくに背をむけたまま、その長い指で顔を覆っている。    パン、とまた、花火の弾ける音がする。  弾けるように、顔をあげ、アキの指が力なく下に落ちると、頬を伝う水が光を反射して金色に光った。  涙なのだろうか、海水なのだろうか、それとも汗なのだろうか、もうわからない。ぐちゃぐちゃに絡まって何者かわからなくなったぼくらみたいだ。    立ち上がって、アキの背中に、すがりつく。   「ご、めん、アキ、ごめ、ぼく、ぼくっ、ごめん、あんなこと、いうつもりじゃ、なかっ、ごめ……、」    ふぅっとため息をついて、アキが僕の方に向き直る。泣きじゃくるぼくを、また、正面から優しく抱き止めた。   「お前が笑っていられるなら、俺は、悪魔にだって、魂を売るよ、」    耳元でアキがそう言う。  どこまでも優しい、優しい、ぼくのアキ。  ぎゅっとぼくを抱く力を込めて、髪に付いた砂をアキが払った。ぼくは、いつまでも、アキの腕のなかで、涙をとめられずに、いた。
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