第4話:義妹との再会

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第4話:義妹との再会

「君に見せたい美しい湖がある」  フランツ様に刺繍入りのハンカチを贈ると、とても喜んで貰え、お礼に欲しい物はないかと尋ねられた。ここへ来てからまだ城内の事しか知らない私は、時間があれば一緒に出掛けたいと願いを伝える。  そんな私の為に、ハンスとモニカも同行して城から程近い森にフランツ様が連れて来てくれていた。 「水面が私と君の瞳を合わせたような、綺麗な色だろ?」  そう言って私を振り返った後、大きく空気を吸い込んだフランツ様が伸びをする。そして、羽織っていたロングコートとブーツを脱ぎ捨て、湖の浅い所を気持ち良さそうに歩き出した。  時折、強く吹きつける風がフランツ様の黒髪を揺らす。その髪をかき上げ空を仰いだ美しい横顔に、私は目を奪われてしまう。  しばらくしてこちらへと戻って来たフランツ様が、私に手を差し伸べた。 「おいで」  甘い低音の声と同時に腕を引かれ、体がふわりと浮上する。膝裏に手を添え私を横抱きにしたフランツ様が、また湖に向かって歩き出した。私は驚いて、その首元に抱き付きギュッと瞳を閉じる。 「ニーナ」  名を呼ばれ恐る恐る瞳を開けると、岸辺からでは感じる事の出来ない、まるで湖と自分が一体化したような、視界の先に遮るものが何もない湖と森の景色が広がっていた。  その美しい光景に息を呑む。 「きれい……」 「気に入ったのならまた来よう。記憶を失くす前の私は、執務もそこそこに好き勝手していたようだから。私はサボリたい放題だ」 「ありがとうございます、夢のようです」  私は一生を、あの鍵の掛かった部屋の中で過ごすのかと思っていた。そして氷の死神からも痛ぶられ、ただ祈るように死を待つのかと思っていた。  こんなにも美しい世界を、見せてもらえるなんて……。  心の中が、フランツ様への想いでいっぱいになる。フランツ様の優しさは、不憫な私への善意なのだと知っているのに、私の心だけが感謝を越えた想いに焦がれてゆく。  妹だと言われて、同じように、あなた様を兄だと慕えればよかった──。  けれどその度に胸の鼓動が、この想いは憧れよりもずっと質量の重い感情なのだと私に突き付けてくる。 「岸辺まで戻ろうか」 「はい」  フランツ様の服をギュッと握り締めて、私は頷く。  水際まで戻って来ると、ハンスとモニカが昼食のサンドイッチの用意をしてくれていた。その時、一際強い風が吹き付けナプキンが空に舞い上がり、高い木の枝に引っ掛かった。 「私が取ろう」  フランツ様が易々と木に登っていく。  どこに手を掛けるのがいいのか、足の最適な置き場はどこか。瞬時に判断して、驚くほどのスピードで高所の枝まで到達した。  何より驚いたのは、その高い枝の上から身軽にフランツ様が飛び降りたこと。思わず目を覆った私の横で、ハンスの呟きが聞こえた。 「記憶喪失になられてからのフランツ様は、戦う事を目的に鍛錬された者とは、明らかに異なる身のこなしをされる。まるで、……別人のような」  そんなハンスの言葉が、いつまでも耳の奥に反響していた。
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