第6話:辺境伯夫人として②

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「楽しそうだね」 「不安でしたが、とても楽しいです」 「練習の成果だな。今日は君も私も頑張った。戻ったらまたあの湖でゆっくり休息しよう。私は一番に、この顔面を休ませる必要があるからね」  穏やかな口調と、不釣り合いに冷たい表情。その落差に、私は声を出して笑ってしまう。またフランツ様まで釣られるように「ふふっ」と吹き出して笑い。今度はフロア全体から大きなどよめきが起こっていた。  曲が終わり次の曲へと移る合間に、私達は歓談スペースへと移動する。  主催の公爵閣下がこちらへ来られて、滅多に王都まで来る事のないフランツ様に、近頃の国境周辺国の様子について熱心に質問されている。  フランツ様は記憶を失くしてからの数ヶ月間で、ご自身のお立場についてハンスからみっちりと状況を教わり頭に入れているとの事で、閣下のご質問にすらすらと言葉を返していた。  私は挨拶の後、お二人の邪魔にならないように、少し離れた場所で話が終わるのを待つ。  全て忘れた状況から今に至るまで、どれだけのご苦労があったのだろう。『あいつは意外とスパルタ教育なんだ』と、おどけて話すフランツ様は、ハンスの事をとても信頼しているようだった。  そんなハンスから聞いたフランツ様の話を思い出し、私は尊敬の念を抱いてその背中を見つめる。  それは、窓についた鉄格子の上で、動けなくなっている猫をフランツ様が救出したという話だ。梯子を使って塔の屋根に上り、そこからロープを腰に巻いて素早く降下する。流れるような動きで、フランツ様は震える猫を捕まえたという。  更には馬小屋でボヤ騒ぎが起こった時も、水に浸したシーツを藁に被せ、藁が舞って燃え移るのを瞬時に防いだそうだ。  そして城内の者には、「もしも火災が起こった時は、身動きしずらい服を脱ぎ身軽になって、口に布をあて低い姿勢をとって逃げる」そんなご指導までされたという。  それはどこで得られた知識なのか分からないけれど、フランツ様は周りの人々を『守りたい』と願う人なのだと実感した。  そんなフランツ様のお役に立ちたい。  私にもできる事は、何かあるだろうか。  そんな事に思いを巡らせていた時、不意に背後であの声が響いた。
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