第6話:辺境伯夫人として②

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「お義姉(ねえ)様、ごきげんよう」  肩が震え、途端に心拍数が上がる。  振り返ると、アラベラがいた。 「そうだわ。伝えるのが遅くなったけれど……。お義父様は少し前に亡くなったのよ」 「え?」 「だから私の婚姻を急いでいるの。伯爵家の次男の方をお迎えして、ヴィントフェンスター家の爵位を継いでもらわなきゃね。忙しくなるわ」  まるで、父が亡くなった事など些細な事だとでも言うようなアラベラの態度に、私は怒りが込み上げる。 「どうしてっ! どうしてすぐに知らせを送ってくれなかったの!」 「まぁ、怖い顔! やはりそれがお義姉様の本性ね、恐ろしいわ。それにしてもまさか氷の死神が、あんなに素敵でお優しい笑みを浮かべる方だなんて……。もしかして悪い噂の方が間違いだったのかしら? そうでなきゃ、お義姉様が大事にされる訳がないもの」  アラベラは何か企むような含み笑いを浮かべる。 「随分と皆様が、お義姉様の事を褒めていたけれど……。このフロアにいる全員に、お義姉様の本当の姿を教えて差し上げたいわ。お義姉様はずっと、家畜のように食事を貪っていたとお伝えしたら、皆様どう思われるかしらね」  赤褐色のアラベラの瞳が、楽しげに歪む。  私は頬が引き攣り、体温を奪われるような寒気を感じた。 「家畜には、こんな華やかな場所は似合わないのよ」  アラベラが顔を近づけ、父の死に気を落とす私の耳元でゆっくりと囁く。 「私の命令は絶対って、あのお屋敷で、何度も躾けて差し上げたでしょ。ニーナお義姉様」  瞬間、脳裏にフラッシュバックする。  あの部屋に閉じ込められ、空腹で床に転がったまま、うわごとのように繰り返した言葉。    ──ごめんなさい。もう逆らいません。許して下さい。    震え出した体を私は両手で抱き締める。  恐怖で呼吸が荒くなっていく中、差し込む光のように、私の脳裏に先程のフランツ様の声が蘇った。 『君が、君自身を信じられなくなる時は、どうか、私の事を信じていて欲しい』  その言葉に、その声に、その大きな存在を想うだけで、自分の体に温かい血が巡るのを感じる。私は掌をギュッと握り締め、伏せていた顔を上げる。  そしてアラベラと、真正面から視線を合わせた。 「私はもう、あなたの言葉に従う事も、怯えを持つ事もありません」  フランツ様、そしてモニカ達。あの場所の人々が、私に勇気と居場所をくれた。まだ短い時間ではあるけれど、フランツ様と過ごした温かい時間が、優しく私の心を抱き締めてくれる。 『今日の宝石は、フランツ様の瞳の色と同じですね』  衣装室でモニカに言われた言葉を思い出し、私は胸に輝く宝石にそっと掌を重ねた。そしてアラベラの瞳を強く見据え、決意を告げる。 「私は、アイスブルク辺境伯の妻です。今の私の心には、あなたには砕く事の出来ない誇りがある」  アラベラの顔から笑みが消える。  私の言葉が余程頭にきたのか、癇癪(かんしゃく)を起こしたように叫んだ。 「私に逆うなっ!」  そして手を振り上げて、私の頬を打とうとこちらへと距離を詰めた。  ギュッと瞳を閉じ痛みを覚悟する。けれどその痛みはいっこうに襲ってくる事はなく、気付くと私は逞しい腕の中に抱き締められていた。
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