第7話:秘密①

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「伯爵以上という私の言葉が信じられないのなら、この場にいる周りの方々に聞いてみるといい」  フランツ様の言葉で、アラベラが周囲を見渡す。 「伯爵令嬢が辺境伯の地位を知らないとは……」 「氷の死神を激怒させるなんて恐ろしい」 「上位貴族へのこのような無礼、その場で叩き切られても文句は言えないぞ」  フロア全体から一気に囁き声が広がっていく。  ようやく自分の状況を把握し、事の重大さに気づいたアラベラの顔から一気に血の気が引いていった。  フランツ様が一歩前へと出て、この場にいる者すべてに宣言するように声を張る。 「心優しき妻の立場を考慮して、義妹の命を奪う事は控えよう。しかし皆様方におかれては、この無知な小娘の顔をしっかりと記憶に留めおいて頂きたい」  周りから突き刺すような視線がアラベラに注がれる。  群衆の中から、再び声が響いた。 「ヴィントフェンスター家も、おしまいだな」  アラベラがその場に崩れ落ち、床に膝をつく。  舞踏会の主催である公爵閣下の命令により、アラベラはフロアから引き摺り出されていった。  *  その後、公爵閣下が場を仕切り直し舞踏会は続いている。  フランツ様と私は、騒動の後すぐに客室へ戻っていた。 「ニーナ。大丈夫だったか?」 「はい。フランツ様にかけて頂いた言葉のお陰で、私は誇りを失わずにいられました。義妹に向かって、ちゃんと自分の意思を言い切る事ができました。フランツ様がいて下さるお陰で、私は強くいられるような気がします」  フランツ様を見つめて微笑むと、フランツ様の大きな手が優しく私の頬を包みこんだ。この抱擁も、フランツ様にとっては妹に向けた情なのだろうか。そう思うと、胸の奥に痛みが走る。  愛されるには、どうすればいいのだろう。  上手な恋の仕方も、叶わぬ恋の諦め方も、どちらの方法も知らないまま……。私の中の、フランツ様に焦がれる想いだけが増えていく。  フランツ様。  私は、あなた様に恋をしています。  生まれて初めての恋をしています。  抑えきれない想いが、言葉になってこぼれ落ちた。 「フランツ様。私は、私はあなた様の事を……」  その言葉を遮るように、フランツ様の指先が、そっと私の唇に触れた。   「ニーナ。君は、もっと大きな幸せを掴むんだ。恐らく、それはもうすぐ訪れるだろう」  フランツ様がまた、私の幸せな未来を語る。それなのに、私の幸せとフランツ様の存在が切り離されたものであるかのような。そんな悲しい言葉を使う。どうしようもないほどの不安が込み上げてきて、溢れ出した涙が頬をつたい落ちた。  フランツ様、私は、あなた様の側で笑っていたいのです──。  そんな私を引き寄せ、包み込むように抱き締める。  フランツ様の低い声が、耳の横で小さく響いた。 「ニーナ。君に、伝えたい事がある」  何を言われるのだろうと、私の鼓動が早鐘を打つ。その感情に呼応するように、激しく降り出した雨が窓のガラスを叩いて私の不安を煽った。 「私は、記憶を失ってはいない」  抱き寄せられている体が、驚きでピクリと震える。 「ハンスにも、誰にも話していない私の秘密を、君に伝えたいんだ」    雨音と、フランツ様の言葉が、いつまでも私の耳の奥に反響していた。
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