第8話:秘密②

1/3

217人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ

第8話:秘密②

「俺は、記憶喪失になった訳じゃない。元々、この世界の人間ではないんだ。気づいたら、フランツとして目覚めていた」  その言葉に衝撃を受け混乱する私を、フランツ様はソファーへ座らせると、ご自分も隣に腰を下ろした。雨音と、低音のフランツ様の声だけが部屋の中に響く。 「元々いた世界で、俺は消防士の救助隊に所属していた」  それは、火災が起こった現場などで逃げ遅れた人々を救う職業なのだと、フランツ様は教えてくれた。  年齢は二十七歳で、こちらの世界のフランツ様より一つ年上。そして救助隊では、隊長を務めていたという。 「二十代で隊長はなかなかいなくて、自分で言うのもなんだけど、優秀な隊員だったと思う。こいつみたいに魔力がある訳でも、碧い目をした男前でもなかったけど」  そう言って、フランツ様がご自身の顔を指差し微笑んだ。  突然の事に混乱していた私の心が、優しいその表情を見て少し落ち着きを取り戻す。それは紛れもなく、私が出会い、そして恋した人の笑みだ。顔の造形ではなく、表情に、人の心は現れるのだと実感した。 「元々いた世界で、俺には七歳になる姪っ子がいた。歳の離れた姉の娘で、俺の事をヒーローだって言ってすごく懐いてたんだ」  その光景を思い浮かべるように、フランツ様が遠くを見つめる。 「ある日、その姪っ子が増水した川に落ちる事故が起こった。たまたま居合わせた俺が、どうにか姪っ子を助ける事ができたけど、そこで俺は力尽きて濁流に飲み込まれる。そんな俺が、意識を失う直前に目に入ったものは、姪っ子が落とした児童書。大好きだといつも話していた物語だった」  フランツ様は遠くに向けていた視線を私へと戻し、言葉を続ける。 「そして俺が次に目を覚ました時には、もう氷の死神の姿でこの世界にいた。酷い雷だったあの夜。何も分からず取り乱した俺を見た医者が、『記憶喪失である』と診断したんだ」  私が医者だったとしても、まさか中身が異世界からの転生者になっているとは思わないだろう。  そこからフランツ様は、ハンスに自身の事を聞き、少しずつ時間を掛けて立場と状況を把握していったのだという。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

217人が本棚に入れています
本棚に追加