第9話:最愛の嘘

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「今から最前線に出る」 「魔力を、失っているのにですか」 「俺が魔力を使えない状況に、騎士達は大きく落胆する。だからこそ、俺は前線に行かないと」 「なぜですかっ!」 「近頃はずっと一緒に鍛錬して、騎士団の皆はもう、俺にとっての仲間になってしまった。俺だけ尻尾を巻いて逃げ出したら、現場はどうなると思う? 魔力はなくても、共に最前線に立つ。それが、現場の士気を上げるのに必要な行為だと俺は経験で知ってるから」  そう言った後、フランツ様がそっと私の体を引き寄せた。 「炎の中で苦しんでいる人を助けに行く。それが、俺の仕事なんだ」  迷いのない真っ直ぐなその声に、私はハッと息を飲む。 『消防士の救助隊に所属している』  あの夜に、私はそのフランツ様の誇りを知ったのだ。 「ニーナ。最初は本当に、君の事を助けたいと思うだけだった。妹と言ったその言葉に、嘘はなかったんだ。それでも、君と過ごす時間が増えるにつれて、君の事を想う気持ちばかりが増えていった。それでも俺はずっと、物語の結末を、変えてはいけないのだと思っていたから……。結末通りに死ぬ俺が、他の男と幸せになる君に愛を告げてはいけないと、そう思っていたんだ」  フランツ様の甘さを帯びた低音が、私の耳元で初めての愛を囁く。 「本当は、その男が君に触れるのかと思うと嫉妬した。君の名を呼んで、君に愛を告げて、君がそいつに微笑むのかと思うと……」  そして温かい指先が、愛しくてたまらないモノに触れるかのように私の頬を包み込んだ。 「ニーナ、好きだよ。俺は、君が好きだ」  強く私を抱き締めたフランツ様が、今度は願いを込めるような声で呟く。 「従者と一緒に、この城から逃げろ。出来るだけ中央の領地へ逃げて、援軍を待つんだ」  私は首を横に振る。 「この城でフランツ様が戻るのを待ちます。私はっ……私は、あなた様の妻です! ここでずっとお待ちしています。だから……」  私は真っ直ぐにその碧い瞳を見つめて、決意を込めて微笑んだ。 「必ず戻って来て下さい、旦那様。どうか……どうか、ご武運を」  王都の宮殿で話をしたあの夜、私の手の甲にフランツ様が口付けてくれたように、私は全てを捧げる思いでフランツ様の手の甲に自分の唇を重ねた。  顔を上げて、もう一度微笑む。  私の体は逞しい腕に引き寄せられ、熱い吐息と一緒に、私とフランツ様の唇が重なった。  角度を変えて何度も、衝動を抑えきれないような口付けが降る。  そして──。 「必ず戻るよ」  駆け出していくフランツ様の背中が、涙の向こうに遠ざかっていった。
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