第10話:氷の紋章

2/4
前へ
/34ページ
次へ
 フランツ様の自室で、医師により脈にも呼吸にも異常はないとの診断を聞いて、私は安堵して床に崩れ落ちた。  モニカやハンスに笑われてしまうだろうかと振り返ると、城の者がみんなフランツ様のご無事に息を吐き、私と同じように座り込んでいる。  フランツ様のお人柄に、誰もがもう、敬意の念を抱いていた。  そして私は気づく……。  安堵した途端、気づきたくもない一つの事実に。 『フランツ様の氷の壁が、砦を死守されましたっ! ダイヤモンドヴァントが、我らに勝利を!』  フランツ様は、再び魔力を取り戻したのだ。 『恐らく俺は……どこかで非道なあいつに戻るのかもしれない』  そんなフランツ様の言葉が私の心を刺す。  次に瞳を開ける時、その目はもう、凍てついた眼差しに戻っているのかもしれない。私は眠るフランツ様のお側で、それでもフランツ様の目覚めを祈った。 「お慕いしています。フランツ様を、お慕い申し上げております」  言葉と同時に、ゆっくりと涙が頬をつたい落ちていく。  私はフランツ様の手を握ろうとその手に視線を向ける、その左手の甲に、白いハンカチが巻かれているのが見えた。 「これは……」  その白い生地には見覚えがある。  それは私が氷の紋章の刺繍をして、フランツ様に贈ったハンカチだった。  それが、フランツ様の手を持ち上げた拍子にスルリと解け落ちていく。  ヒラヒラと舞いながら床へと落ちたハンカチは、柄の無いただの白いハンカチとなっていたのだ。ただそこに、しっかりと氷の結晶のだけ残して……。 「まさかっ」  私はハンカチから視線をフランツ様の手の甲へと戻す。  そこには、私の刺繍と同じ大きさの、碧く輝く鮮やかな氷の紋章が刻まれていた。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

251人が本棚に入れています
本棚に追加