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「ニーナ……?」
愛しい声に名を呼ばれ、私は顔を跳ね上げる。
ぼんやりと彷徨っていたフランツ様の碧い瞳が、私の顔をはっきりと捉えた瞬間、優しく細められていく。
フランツ様が、静かに微笑んだ。
「フランツ様っ!」
もう、この笑顔を見れないのではないかと怖かった。
「フランツ様っ、私が分かりますか?」
「もちろん分かるよ。君がくれた刺繍入りのハンカチが、俺とこの国を救ってくれたんだ」
フランツ様は大事にポケットにしまっていたあのハンカチを、戦いの場で握り締めた瞬間に、紋章の柄の刺繍が碧く光ったのだと話してくれた。
私が行った刺繍に、そのような力があったのかは分からないけれど、子供の頃に母に聞いたおまじないが奇跡を起こしてくれたのかもしれない。
「ニーナ、有り難う」
フランツ様の胸に顔を埋めて泣く私の髪を、フランツ様の手が優しく撫でる。もう一度、名を呼ばれ、その声に導かれるように顔を上げた。
今度は両手で抱き寄せられ、私とフランツ様の額が触れあう。
そのままそっと腰を支えられたかと思うと一瞬で体勢を逆にされてしまい、ベッドで横になっていたはずのフランツ様が私を組み敷くように見下ろす視界へと変わっていた。
「ニーナ、愛してるよ」
「私も、私もフランツ様を、」
続きの言葉は、フランツ様の唇に塞がれ声にならずに消えた。何度も何度もキスを重ね、フランツ様と愛を確かめ合う。
その夜──。
私は初めて、愛しい人の腕の中で朝を迎えた。
*
アイスブルク城の食堂に、賑やかな声が響く。
フランツ様の意向で、かしこまって食事をとるのはやめて、和やかな歓談と共に料理を楽しんでいる。
「フランツ様はご存知ないと思いますが」
弾むモニカの声に、フランツ様も私もそちらを見る。
「ニーナ様は、ドレスの裾をたくし上げて、戻られたフランツ様の元へ駆けて行かれたのですよ! 愛です! モニカは感動いたしました」
「モ、モニカ! それは内緒にすると……約束したのに……」
フランツ様の前であの時の話をされてしまい。
私は羞恥でうつむく。
「フランツ様は、戦さの前に盛大な愛の告白をされていらっしゃいましたね。深く、感銘を受けました」
「ハ、ハンス! 他の従者達もいる前で、他言するなとあれほど……」
その言葉に顔を上げると、今度はフランツ様が照れたように髪を掻いていた。不意に視線がぶつかり、二人で同時に苦笑する。
こんな穏やかな時間が再び訪れた事に、私は感謝の気持ちでいっぱいだった。
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