第1話:政略結婚

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 * 「もうすぐ仕立て屋がくるわ。身を整えなさい。その服で嫁がせるわけにはいかないから、仕方なくあなたの為にドレスを作ってあげるのよ」  薄汚れた私のスカートを指差し、義母のヒルデがそう話す。  私は久しぶりに鏡台の前の椅子に腰を下ろした。傷んでしまった金色と銀色の中間色の長い髪を丁寧にとかしていく。不意に、鏡の中の自分の翠眼(すいがん)と目があった。この深い翠は、母親譲りの瞳だ。 「幼い頃からずっと、お母様とお揃いなのが嬉しかったな」  母の笑顔が瞼の裏に浮かぶ。  けれど今の私の瞳には、無表情に固まったもう笑えない自分の顔しか映っていなかった。  それから十日程過ぎて、仕立てられた美しいドレスが用意された。けれど、「お義姉様には似合わない」と、結局全てアラベラに奪われてしまった。  私は仕立て屋の主人が即席で用意可能だったワンピースを身に纏っている。  それは首元に花柄の刺繍があり、キュッと絞られたコルセット部分に繊細なレースが装飾された上品な翡翠(ひすい)色のワンピースだった。 「花嫁衣装に、このような物しか急ぎでご用意できず……」  仕立て屋の主人は申し訳なさそうに小さく呟いたけれど、私の瞳と同じ色の服を選んでくれたのは、きっとこの主人の善意だろう。 「感謝……、いたし、ます」  久し振りに家の外の人と話をしたせいか、うまく声が出なかった。明日、死神の元へ向かう私は、この先もう笑う事もなく死んでいくのかもしれない。だからこそ善意をくれた人に、ちゃんと感謝を伝えたかった。 「感謝いたします」  今度は言えた。  ちゃんと言えた。  仕立て屋の主人がハッと顔を上げて微笑んだのが目に映る。もう枯れ果てたと思っていた温かい涙が、ゆっくりと私の頬をつたい落ちていった。
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