第1話:政略結婚

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 私は明日、氷の死神と呼ばれる辺境伯の妻になる。  この屋敷を出る最後の日まで父と会う事を禁じられ、結局、顔を見ることすら許されなかった。辺境伯が統べる国境沿いへ向かう為の専用馬車も用意されず、伯爵令嬢にはありえない乗り合い馬車で私は氷の死神の元へ向かう。死神の棲むそこは「青氷(せいひょう)の要塞」と呼ばれる碧い城だった。  息もできない程の恐怖と不安の中で、私はゆっくりと顔を上げる。こちらへと近づくその足音は、まるで死のカウントダウンのようだった。  けれど、冷酷なはずのその人が美しい碧い瞳を細めて優しく微笑むのが見えた。  彼の動きに合わせ、艶のある黒髪が額の上をサラサラと揺れている。  そして、礼装用の軍服の上にアイスブルク家の紋章が入ったロングコートを羽織るその姿が、辺境伯の端正な顔立ちをより際立たせていた。 「ニーナ、今まで辛かっただろう。もう大丈夫だ」  どうして私の生活など知らない辺境伯が、私が虐げられ辛い日々を送っていたと知っているのだろう。狡猾な義母と義妹は、それをひた隠しにしていたのに……。  頭に浮かぶ疑問と同時に、こちらへと伸ばされた大きな手が震える私の手をそっと包み込んだ。  なんて、優しい手なのだろう──。 「フランツだ。ニーナ、これからよろしく」  その低音の甘い声に、その瞳の碧に、私は……希望の光を見たような気がしたのだった。
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