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第2話:見えない本意
氷の死神と呼ばれる人の手は、ひどく冷たいものだと思っていた。
けれど握られたその手は優しい温もりのあるもので、私の視線は自然とその手へと向かう。
そして私は、左手の甲にある紋章が掠れている事に気付いた。
本来、紋章の濃さはその魔力の強さを示す。巨大な氷の壁を作り出す程の膨大な魔力なら、手の甲には深く鮮やかな証が刻まれているはず。けれどそこにあるのは、今にも消えてしまいそうなほどに薄く掠れたものだった。
「長い移動で疲れただろう。部屋でゆっくり休むといい」
「は、はい。……ありがとうございます」
そして何より驚いたのが、噂とあまりにかけ離れた人柄。妻を加虐癖で痛ぶる、そんな素振りは少しも感じられなかった。
「ハンス。ニーナを頼む」
すぐ近くで控えていた四十代半ばに見える男性が、「かしこまりました」とフランツ様に一言告げてこちらを見た。
「私は執事のハンスと申します。何かございましたら、何なりとお申し付け下さい」
「よろしくお願いします」
ハンスに続いてフランツ様の執務室を出ると、廊下には黒のワンピースに白いエプロンをつけた女性が立っているのが見えた。
「彼女が専属侍女として、ニーナ様にお仕えいたします」
彼女の顔を見つめると、私と目があった瞬間、彼女は花が咲いたような明るい笑みを浮かべる。
「ニーナ様! モニカと申します。これからお仕えさせて頂きます」
私は義妹の仕打ちを受けるうちに上手く笑う事ができなくなっていたので、親しみを覚えるモニカの笑顔をとても素敵に感じた。
モニカに案内してもらった部屋には天蓋の付いた大きなベッドがあり、バルコニーへと続く円形の大きなガラス扉から明るい日差しが差し込んでいる。その向こうに広がるのは、澄んだ空と豊かな木々だった。
「きれい……」
ガラス扉に近づき景色に見惚れていると、「ニーナ様、お茶の用意ができましたよ」とモニカが声を掛けてくれた。ここへ来てからずっと、想像していた境遇とあまりにもかけ離れた穏やかな時間が流れている。とても有り難く思う反面、疑問が増えるばかりだった。
モニカにならフランツ様の事を聞いても大丈夫だろうかと、ソファーに腰を下ろして彼女の顔を見上げる。そんな私の視線を受け、言いたい事を察したようにモニカが問い掛けてくれた。
「フランツ様のお人柄に、驚かれましたよね?」
「は、はい」
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