第2話:見えない本意

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「ここで働く私達は、今までずっとフランツ様の残虐性に怯えていました。けれど今のフランツ様は、本当にお優しくて」  一体、フランツ様の身に何があったのだろう。  私はその先のモニカの言葉を待つ。 「フランツ様は今、記憶を失われた状態なのです」  それは数カ月ほど前、大きな落雷があった夜の話だった。  庭の大木の横で倒れているフランツ様をハンスが発見し、急いで寝室へと運んだ。そしてハンスが医者を呼びに行き戻ってくると、フランツ様がベッドの上で目を覚ましていたという。  身体に傷はなく、そして異常もない。  しかし目覚めたフランツ様は、名前や身分などご自身に関する事を含め、全ての記憶を失っていたとの事だった。 「記憶喪失となったフランツ様は、人柄も別人のようにお優しくて」  それ以前のフランツ様は、本当に噂通りの冷酷無慈悲な男だった。  軍事的な有事以外はこの城の居住エリアに引き込もり、隣接する騎士団専用の塔に足を向ける事さえしない。膨大な魔力による恐怖支配で、城の従者・従僕、そして騎士の部下達を従わせていたのだとモニカは言う。 「けれど今、フランツ様は……。魔力を使えない状態なのです」  その言葉に、私は左手の消えそうな紋章の事を思い出した。 「その事実を知っているのは、執事のハンスさんと幾人かの侍女のみ。騎士団の部下でさえ、それを知りません」  この国の安寧は、代々このアイスブルク家によって守られてきた。 「今、隣国に攻め込まれたら……」 「領土を奪われる可能性があります。一刻も早く、魔力を取り戻して頂きたい。けれどその思いと同じくらい、私達は、このままフランツ様の記憶が戻らなければいいのにと願ってしまうのです」  記憶を取り戻したフランツ様は、再び死神に戻ってしまうのだろうか。  頭に浮かんだ疑問をかき消すように、ノック音が響いた。
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