第十三話

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第十三話

 「いやー、見事に魔石を持って帰ったなんて、すごいよ!」  マクレガーさんは、あたしとレオンの座るテーブルに料理を並べながら、ニコニコと笑う。  ステーキ、海鮮パエリア、色とりどりの野菜蒸し、オマールエビのスープ、豪華な食事だ。  デザートは、フルーツタルトらしい。  最高! 「ありがとうございます。  おかげで、今日ももりもり食べれます!  もっとも、今日のは奢りですが」 「はは、疲れが吹っ飛ぶくらい食べちゃってよ」 「はい!  ところで、ヤマカワさんの件はなにか進展がありましたか?」 「うーん。  やっぱり恨みをかうような方じゃないからさ。  同僚のひとが事情聴取されたらしいけど、出世が早くて逆恨みされているって話は聞いたよ」  暗殺者は、両脇両足裏を同時にくすぐるという拷問を受けても、依頼者を吐かなかったということだ。  拷問など非人道な行為は本気ではできない。  殺人未遂で裁判にかけられるだろうが、暗殺者から犯人を聞き出すことを期待するのは難しいだろう。 「マクレガーさん、急なんだけど、明日発ちます。  お世話になりました」 「そうかい、もうちょっと料理を振る舞いたかったから残念だねぇ」  マクレガーさんは、ワインボトルをテーブルに置いた。 「ええ。  そういえば、あれから別の魔物は襲われたりしていませんか?」 「ああ、夜間外出禁止令が出てね」 「そうですか」 「それ、今日から解除するみたいですよ」  レオンは、パエリアを取り分けながら言った。  あたしのお願いとは、この話を振ってもらうことだ。 「そうなんだね。  魔物だって夜は好きに過ごしたいよね」  マクレガーさんは、そっかそっかと頷いた。 「良かったよ」  マクレガーさんは、鼻歌を歌いながら、キッチンに戻る。 「いただきます。  ん。美味しいじゃん」  彼は、パエリアを口に運んだ。 「でしょ!」 「こないだの雑誌でこの料理が返金レベルって酷評されてさ、可哀想だよな。  いつも満員だったんだけど、今日も俺たちだけだ」  確かにテーブルにはあたしたち以外いない。 「味なんて人それぞれだし、食べなきゃわからないのに」 「そりゃあ、そうだ」  彼は、ふと黙る。 「どしたの?」 「いつまでいる? ほんとに明日発つのか?」 「うーん。  いつって、そうね。具体的には決めてないけれど、魔石も溜まったし、そろそろ帰ろうかって思ってる」 「ここで、仕事をする気はない?」  ……?  ここで、とは? 「離れたくないんだ」  言って、彼は顔を真っ赤にする。  扉が開いて、また閉まる。 「さっきは、急に悪かった。雰囲気で流してしまって、ごめん。  きちんと言うよ」  彼は、テーブルに置いたあたしに手を重ねてまっすぐに見つめた。 「祭りで見て、それから気になって、その、一目惚れなんだ」  つまり、大食い大会でミートパイを頬に詰めてるあたしに惚れたと。  どんな感性。  というか、よく、逮捕などと。  ーーあ。  そっかそっか。  犯人だとしても逃げられたくないし、恋愛相手としても逃げられたくないってことだったのか。  偉そうに見えてた態度は好意がばれないようにとか。  今回の魔物退治は、私の完全無実を目の前で確認したくて言い出したのか。  そりゃあ、好きな人が恩人の殺害犯ですは、嫌すぎるだろう。  会ってからの挙動不審な態度は、恩人の殺害相手が好意を抱く相手かもしれないという困惑状態だったためかもしれない。 「あ、そ、そう……」  容姿だの実力だのに惚れてくれたなら良いリアクションを返せそうだが、なんとも言い難い部分に惚れられているため、言葉が出ない。 「変わってんね」  単なる感想だ。 「別に変わってない。  すごく可愛く見えた」  耳まで赤くしながら告げる言葉が偽りとは思えない。 「俺が恋人では嫌か?」  ここで嫌とでも言おうなら、キシカワさんから、ボディーブローをくらいそうだ。  というか、断れば、かなりモテそうなので、あいつ何様! と人々たちから、ひんしゅくを買い、国からつまみだされそうだ。  良いといっても嫉妬で嫌がらせされそうだが。 「不満か不安か心配か?」  哀しげに瞳が揺れる。  もー。  自分がそうなってどうする。 「どれでもないけど」 「俺はあなたの恋人になりたい。  誰かを好きになったのは、初めてなんだ」  おお。  とことん素直だ。  思いがけず可愛い。  ううう。  そのように言ってくれて嬉しい。  応えたい気持ちはある。  ただ。 「正直に言って、気持ちに温度差がある」  レオンは、見目も良く、一目惚れと言われて、護ってもらった恩もある。  だからこそ、あたしも惚れましたと言うのは簡単すぎてなんだか申し訳ない。  あたしたちは、互いのことを知らなさすぎる。 「それでいいのなら」 「うん」  彼は、耳元で、俺が暖めてあげる。そう呟く。  こそばゆさと照れくささに、ぶわっと赤くなると、指を絡めてきた。 「ずっと残るとはまだ決めれない」 「うん、いいよ」 「ご飯食べたい」 「そうだね、冷めちゃうからいただこうか」  もう一度いただきますを言い、あたしたちは料理を食べ始めた。
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