第二話

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第二話

「お前を殺ウヌリン罪で逮捕する」  ーーは?  目の前の男はそう言って、突然あたしの右手に手錠をかけた。 「はぁぁぁあ?」  あたしは、手を振り上げた。 「あ、あんた誰?   いきなり何なの?   ドッキリ企画?」 「俺は、レオン・ハーツ。  見ての通り憲兵だ。  言ったとおりお前を逮捕した。  そしてこれは、ドッキリ企画などではなく、真剣なものだ。  ひとまず、取り調べ室に来て頂きたい」  待て待て。 「来て頂きたいって、あんた手錠かけておいて、来て頂きたいはおかしいでしょ!   外しなさいよ、手錠!」  なおも手を振り回すあたしに彼は眉一つ動かさない。 「この取り乱し方、やはり犯人だな」  突然手錠かけられたら誰でも取り乱すだろ。  あたしは手を下げ、深呼吸を何度もした。 「……あの、何事でしょうか?」 「マクレガーさん話してよ、あたしのこと。  いきなり、逮捕されてんだけど」  騒ぎにキッチンで調理をしていた宿屋の主人兼コックのマクレガーさんは、憲兵とあたしを交互に見つめる。  恰幅の良い、普段は気のいいおじさまだが、いまはただただ困惑しているのが見て取れる。 「はい。  ハーツさん、この方は、東のスィア国で魔石ハンター兼加工販売を生業にしているリア・フローレンスという方です。  身分証も魔石も見せていただきましたし、怪しい方ではありません。  うちには、3連泊頂いているお客様です」 「そうよ、なんだって一体」 「今のうちみたいな状態でこんなお客様は有り難いことなんですよ、どうか穏便に」  今のうちみたいなとは?  怪訝な顔をしたあたしにマクレガーさんは、レストランを見回した。 「見ての通り、あの雑誌のせいで客入りがとんと、ね」  詳しくはわからないが、グルメ雑誌に悪く書かれたのだろう。道理で昨夜も今も1階のレストランで食事をしているのがあたしくらいなわけだ。  他の宿泊客は、外に出かけていた。  客引きをされるがまま、ついて行き、あたしにとっては料理も美味しく良い宿でラッキーだったのだが。 「あたしは」 「だから、俺はお前が犯人だと確信している」  あたしの言葉を遮り彼は言った。  なんなの、その遺憾です、みたいな苦悶の表情は。 「意味がわからんって!   とにかく手錠外して!   朝ごはんも冷める!   こっちは、お腹も空いててイライラがマックスです」  彼は首を横に振った。 「逃げられるわけにはいかないので、手錠は外せない。  残すのはご飯に悪いので食えばいい。  そのくらいの猶予は与えよう」  軍隊特有の偉そうな言い方が癪に触る。  触るが、今暴れたところでなんのメリットもない。  わかっちゃいるのだ。  あたしは座り直し、左手でパンを掴もうとしたが、どうにもうまく行かない。  どこをどう持っても玉子が雪崩を起こしそうだ。 「口開けろ」 「は?」  軽く口にパンを押し付けられる。 「手は拭いた。  俺は両利きだ」  そうですか。  あたしは、かじりつき咀嚼する。  マクレガーさんは一瞬こちらを見て目を逸らした。 「昨日、ヤマカワさんが亡くなった」 「ーー誰?」 「この街は人間と魔物が共生しているだろう。  ヤマカワさんは3軒隣に住んでいるウヌリン族の方だ」  ああ、だから殺ウヌリン罪。 「で? なんであたしがその見ず知らずの方を」 「魔石として発見されたからだ」 「……?」  どういうこと。 「魔物は、魔石ハンターが持つ特殊な鉱石の武器で倒すと魔石に変わるんだろう」 「そうよ」 「この街には、魔石ハンターが在住しておらず、加工所もない。  魔物を魔石にする道具を持っているのはお前だけだ。  よって、犯人はお前だ」  うーむ。  動機ではなく、凶器所持者の観点でいえば、とそうきたか。 「なるほど、そっかー!   とでも言うと思うか、ポンコツ憲兵!   むぐぅ」  むぐむぐ、むぐむぐ、ごくん。 「……いくつだ、お前」  食べ終えたあたしを見て、呆れた目線を向けられる。  そして、口元を指で拭われる。  玉子がついていたようで、なんのためらいもなく、それを舐めた。そして、おしぼりで拭く。 「ーー」  なんつー恥ずかしいことを、この男、サラリと、よくも、まぁ。 「ん?」 「いや、別に」  あたしは視線を逸らした。  気がつくと目で追ってしまうくらいの美貌ではある。
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