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裸眼尊い
しかしどの店へという具体的なプランがなかった為に、深く考えもせずに大きなネオン看板のかかった駅前の居酒屋チェーン店を二人で訪れた。店内は週末ということもあって老若男女さまざまな客で賑わっている。少し前に流行った曲を軽快にアレンジしたBGMと人のざわめき。店員の元気なかけ声。
席に通され、普段銀縁の眼鏡をかけてしかつめらしい顔を崩さない冬木が、椅子に腰を下ろすなり深いため息を吐き、眼鏡をテーブルに置いた。
――裸眼!! 素顔、尊い!
涙が出そうに感動し、眼鏡を直すふりをして熱くなった目頭をぎゅっと押さえる。
しかし冬木は疲れているようにも見えた。そこで初めて、店の選択を誤ったのではないかという不安が、笹生の脳裏をよぎる。
「もしかして、違う店が良かったです? うるさいですよね、この店」
「ああ……いえ。別にどこでも良かったので気にしないでください。案件が片付いて安心したので、ついため息が」
冬木は自分の鼻の辺りについた箱蝶の跡を指で擦り、水で満たされたグラスに口をつけた。なんでもそつなくこなしそうな印象なのに、意外だった。
「今回は、すごく勉強になりました!」
「笹生くんの今後の為に、いろいろ私なりに考えたんですよ。一人でことに当たるのとはまた違うので、普段よりずっと神経を使いました」
そういうものなのだろうか。笹生にしてみれば、冬木がいるからという安心感もあり、だいぶ肩の力を抜いて仕事が出来た。落ち着いた上司の存在は、傍にいてくれるだけでも安心する。
「そういや冬木課長って、何歳なんですか?」
何歳くらいになったらその落ち着きが身につくのか知りたくなり、聞いてみた。
「これは仕事外なので、役職呼びはやめてください」
「……えと、じゃあ……捷……冬木さん」
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