10人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
誘う眼鏡
眼鏡はその人の一部だと、笹生夏也は考える。笹生自身、普段から眼鏡をかけている眼鏡男子の一人である。小学生低学年の頃からずっとかけている為に『メガネくん』というひねりのないあだ名を付けられることが多かったが、まったくもってセンスに欠ける。
「冬木課長。このあと打ち上げっぽく、一緒にメシとかどうですか?」
上司である冬木と共に取引先から社に戻り、残務を片付けながら軽い口調で笹生から食事に行くことを提案した。
同じ課の課長、冬木捷吾と初めて同じ案件を担当した。取引先との話を本日クロージングに持っていくことが出来たのは、ひとえに冬木が尽力してくれたからに他ならない。
冬木は笹生同様に眼鏡をかけているが、メガネくんなどというナンセンスなあだ名は付けられたことがなさそうな、冷ややかな外見を持つ男だった。
けれどそれは、人に対して冷たいというわけではない。入社当時から笹生を見守ってくれているような気がして、多少仕事がつらく感じてもなんとか乗り越えてきた。
今回は冬木のやり方を見て勉強する、いわゆる実地研修のようなものだったと笹生は理解している。営業の成績が揮わない、方向性に自信が持てないと定期面談時に口にした結果、課長自ら動いてくれた。とても勉強にはなったが、これで終わりなのかと残念にも思っていた。何故なら冬木は笹生の『推し』だからである。
「若い人は上司とそういうの嫌かと思ってました。笹生くんは変わってますね」
「えー? 全然ウェルカムですよ。……それともこのあと予定あります?」
「そういうわけではありません。まあ、いいですよ」
――やった! 頑張った俺にご褒美!
最終的には冬木の了承を得られて、笹生は内心ガッツポーズを取った。
最初のコメントを投稿しよう!