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オーバーキル
「夏也くんとのすり合わせ、僕の中では済んでいます。僕は立場上君の上司。ハラスメントになってしまったらまずいので、昨夜だいぶ腹を割って話し合ったのですが……録音でもしておくべきでした。もう一度最初からする必要がありそうですね」
――昨夜何があった!?!?
笹生は混乱し困惑していたが、目の前の冷徹な上司は答えをすぐに開示しようとはしなかった。推しは恋愛対象ではない。笹生の中ではそのはずだったが、どうやら冬木とのすり合わせでは別の結論が出ているようだ。
「忘れてしまったなら、もう一度ですね。――初めてが二度もあるなんて、夏也くんは思いの外欲張りだ」
「ふ、冬木さ……」
どきどきしているのは冬木に眼鏡を支配されているからだ。推しは推しであり、一定の距離感が必要だと言ったではないか。この距離感は明らかに間違っている。いやもう無理恋愛感情だっていいじゃないか、自分の心に枷をつけていたのは笹生自身ではないのか。――ぐるぐると思考が渦巻く。
冬木の手が伸びて、さりげなく眼鏡を奪われた。眼鏡の支配とやらが真実だったのか、今になってはわからない。眼鏡を外しても笹生の動悸は収まらなかったからだ。
「でもあの俺……推し活で充分……満足してるというか!」
「こう考えてはどうでしょう。僕と長く一緒にいたら、推し活とやらも捗りますよ。他の人には見せないこんな姿とか……」
「……た、確かに……!!」
言いくるめられているような気もしたが、冬木の説得力のある声音に心が揺らぐ。
「でもそうすると……冬木さんは俺の……何になるんでしょう」
「――何に?」
昨夜何をどこまで話したのか、笹生にはわからない。冬木は少し考えるように明後日の方を見たが、すぐに向き直って笹生をじっと見つめた。眼鏡越しの、視線。
「それはこれからもう一度行うすり合わせで理解して貰います。あと、僕のことは捷吾で良いですよ。……もう、君のものなので」
「過剰なファンサ……こんなんご褒美オーバーキル……っ」
「夏也くんの言葉はたまによくわかりませんね」
裸眼でもわかるほどの距離に冬木の顔が近づいたので、笹生は反射的に瞼を伏せた。
オーバーキルをさらに超えるハイパーオーバーキルが待っているのを、この時笹生はまだよく理解出来ていなかった。
【終】
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