ファンサ

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ファンサ

 心の中で何度も呼んでいた冬木の下の名前を口にしそうになり、慌てて引っ込める。役職呼びでないからと言って、さすがに捷吾(しょうご)さんなんて呼んだら馴れ馴れしいにも程がある。 「三十八ですよ。笹生(さそう)くんは二十五歳でしたか」 「先月二十六になりました」 「ああ……それはおめでとうございます」 「めでたいですか?」  笹生は月遅れの祝いの言葉を受けて照れ笑いを浮かべたが、対する冬木は口元を軽く歪めただけだった。今のは、笑ったのだろうか。  ――待って、俺の年齢把握してくれてる。神?  思わず舞い上がりそうになるが、上司はこれくらいの情報知っているものなのかもしれない。勘違いしては駄目だ、これはファンサではない、と笹生は己を戒める。  造形が整った冬木の顔は表情が乏しい為に、若干造り物めいて見えた。それを眼鏡で装飾すると、より一層近寄りがたい雰囲気に拍車がかかる。実際には笹生に対して親身に相談に乗ってくれる、良い上司なのだが。  今日初めて眼鏡なしの冬木を見たが、人工物に遮蔽されない分人間味が増して見えた。  ――いや、どっちも好き。  笹生は冬木の顔がどうしようもなく好きだった。その好きな顔が、眼鏡を外したのだ。普段は見られない素顔を無防備に晒された為、とにかく落ち着かない。  今日食事に誘ったのは仕事の打ち上げというよりも、この案件の同行最終日に、思い出作りとして冬木と個人的な時間を作りたかったからだ。しかしこれはけして恋愛感情などではない。推し活の一環なのである。  程なくして生ビールの満たされたジョッキが二つ運ばれてきた。 「乾杯しましょ、乾杯!」 「お疲れ様です」  かつん、とジョッキとジョッキがぶつかり、きめ細やかな泡が揺れて冬木の手についた。 「袖につきそうですよ」 「ああ……」
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