10人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
メモしないで
この店は衝立で区切られているだけで、特に個室というわけではない。しかし隣の客の顔は見えないし、店員も必要な時にしかやってこない。不必要な緊張が笹生をじんわりと支配してゆく。
「――えーと、ベロが」
「ベロ」
「なんか性的な動きをするというか」
「性的な……」
冬木は胸元から手帳を取り出し、何故か言われたことを書き記している。
「ちょっと何メモ取ってんすか」
「忘れないように」
「やめて……」
笹生は恥ずかしくなり、冬木の持っている手帳を隠すように手を伸ばした。
「恥ずかしいなら言わなければ良いのに。笹生くん、律儀ですね。で、性的とは」
「言わせようとしてんのそっちじゃないですか。捷吾さんがそんな人なんて、解釈違い……」
「……捷……」
「あっ、いやあの今のは!」
「まあいいです。役職で呼ぶなと言ったのは私ですから」
勢いで名前を呼んでしまった笹生は、アルコールが入っているのも手伝ってみるみる顔に血がのぼっていく。しかも解釈違いなんてわけのわからないことを言ってしまった。普通に考えて失礼だろう。しかし冬木は慌てる部下の様子にも動じず終始淡々としており、その様子が笹生の羞恥心を更に煽った。
「どう解釈してたんですか?」
「……クソ真面目な人かと思ってました」
「その解釈は恐らく合ってますよ。だから知りたいんです」
冬木が生ビールを半分ほど空けると、顔色がほんのり色づき、表情が和らいだ。
「それで、性的とはどんな」
「もしかして絡み酒タイプなんですか……?」
「どうでしょうね。あまり僕は人とは酒を飲まないので」
普段から冬木の一人称は『私』だと思っていたが、ふと漏れた『僕』という言葉にそわそわする。
「……冬木さんて、一人称『僕』なんですか?」
「プライベートでは」
「萌えるんですが」
最初のコメントを投稿しよう!