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オシガドエロイ
またいらないことを言ってしまったが、酔っぱらいの仕業ということにした。
「いい大人なので、会社や取引先では『私』ですがね」
「あのそれって俺は気を許されたってことですか? プライベートな間柄って意味ですか? そういう意味深なことを言うとほんと勘違い野郎を量産しますよ?」
冬木は質問には答えず、ふと笹生の口元で視線を止めた。
「――泡が」
大きな手がするりと伸びてきて、笹生の口の端についたビールの泡に触れた。
「へっ!?」
「ついてますよ」
口元を歪めるだけの笑みから、明らかな微笑に変化したのに笹生が気づいたのは、泡のついた指を冬木が舐めた時だった。
「推しがどエロい!!」
「――オシガドエロイ……? どこの言葉ですか? 落ち着きましょう、笹生くん」
「そういうことしちゃ駄目! 勘違いするでしょうが」
「どのような勘違いを?」
「気があるかと思われます! ただでさえ冬木さんはイケオジなのにぃ」
冬木は微かに眉をひそめた。おじさんと思われたのが癪だったのかもしれない。しかし実際に笹生からして見れば干支一周している年上の男であり、あながち間違ってもいなかった。
「セクハラになったのであれば謝罪します」
「いや、俺はいいんですけど! 他の人には駄目。絶対駄目です」
「笹生くん以外は駄目……と」
冬木はまた手帳に笹生の言動をメモした。
「だからぁ……」
メモしないで欲しかった笹生は、勢いでその手から手帳を奪う。スケジュール管理がびっしり書かれている手帳に、先程からの笹生の言動が几帳面な文字で綴られていて、無性に恥ずかしくなった。
「笹生くん、返しなさい。それは大切なものなんです」
「もう書かないでください! なんで書くの……」
「人の記憶は意外と曖昧なんですよ。あとで整理する為に、僕が有用だと感じたことをメモしておきます」
「有用じゃないですし」
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