丁番は緩む

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丁番は緩む

「とても有用ですよ」 「どこが」 「僕が笹生くんのことを知りたいと感じているからでしょうか」 「……は」 「何故でしょうね」  何故と言われても、冬木にそんなことを言われた意図が掴めなかった。 「……笹生くんは黒縁の丸眼鏡をかけていますが、それは自分で選ばれましたか?」 「は? え? 眼鏡?」 「ブランドはどちらですか。――とても似合ってますよ」 「いやあの」 「答えにくいですか? じゃあ少し眼鏡を外して僕に貸してください」 「はいぃ」  笹生は言われるがままに眼鏡を外すと、それを矢継ぎ早に質問してくる相手に手渡した。 「ああなるほど……これは良い眼鏡です。でも丁番(ヒンジ)の部分が緩んでいますね。直していいでしょうか」 「今?」 「壊しませんので」 「ど……どうぞ」  冬木は鞄から精密ドライバーを取り出すと、くりくりと回し始めた。指先の動きは職人のようで無駄がなく、慣れた作業に見えた。なめらかな指の動きに、笹生は釘付けになる。  ――触られて、いるような。変な感じがする。  硬そうな指が(テンプル)を伝うさまが、まるで愛撫されているかのようでぞくりとする。別に変な動きをしているわけでもないのに何故だろうか。こんな妄想に陥っているなんて冬木に知られたら、さすがに呆れた顔を向けられるに違いない。おかしな思考を振り払おうと、笹生は頭を軽く振った。 「長くお使いですね」 「……高校の時からそれ使ってるんで」 「好きなんです」 「――えっ??」  唐突な告白にも思える冬木の言葉に、びっくりして聞き返す。何が好きだと言うのだろう。しかしそれに続く言葉はなく、じっくりと眼鏡を弄っている。 「あ、の……さっきのって」 「――メンテナンスは必要ですよ。……はい、どうぞ。かけてみましょうか」
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