10人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
丁番は緩む
「とても有用ですよ」
「どこが」
「僕が笹生くんのことを知りたいと感じているからでしょうか」
「……は」
「何故でしょうね」
何故と言われても、冬木にそんなことを言われた意図が掴めなかった。
「……笹生くんは黒縁の丸眼鏡をかけていますが、それは自分で選ばれましたか?」
「は? え? 眼鏡?」
「ブランドはどちらですか。――とても似合ってますよ」
「いやあの」
「答えにくいですか? じゃあ少し眼鏡を外して僕に貸してください」
「はいぃ」
笹生は言われるがままに眼鏡を外すと、それを矢継ぎ早に質問してくる相手に手渡した。
「ああなるほど……これは良い眼鏡です。でも丁番の部分が緩んでいますね。直していいでしょうか」
「今?」
「壊しませんので」
「ど……どうぞ」
冬木は鞄から精密ドライバーを取り出すと、くりくりと回し始めた。指先の動きは職人のようで無駄がなく、慣れた作業に見えた。なめらかな指の動きに、笹生は釘付けになる。
――触られて、いるような。変な感じがする。
硬そうな指が弦を伝うさまが、まるで愛撫されているかのようでぞくりとする。別に変な動きをしているわけでもないのに何故だろうか。こんな妄想に陥っているなんて冬木に知られたら、さすがに呆れた顔を向けられるに違いない。おかしな思考を振り払おうと、笹生は頭を軽く振った。
「長くお使いですね」
「……高校の時からそれ使ってるんで」
「好きなんです」
「――えっ??」
唐突な告白にも思える冬木の言葉に、びっくりして聞き返す。何が好きだと言うのだろう。しかしそれに続く言葉はなく、じっくりと眼鏡を弄っている。
「あ、の……さっきのって」
「――メンテナンスは必要ですよ。……はい、どうぞ。かけてみましょうか」
最初のコメントを投稿しよう!