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人と話すのが好きだ。
誰かに笑顔を届けるのが好きだ。
僕が妖精の中でも特に忙しいとされるこの仕事を選んだのは、これが人を幸せにする仕事だと考えていたからである。
「わあ、妖精さんありがとう!マヤちゃんからのお手紙だあ!」
「どういたしまして」
僕が手紙を家のポストに入れようとしたところで、小さな緑の屋根の家に住む女の子が手を伸ばしてきた。僕はそのまま彼女に手紙を渡す。多分この少女が、宛先にあった“セーラ”という子なんだろう。おさげをぴょこぴょこ揺らして、彼女は友人からの手紙を喜んでいた。
これだよなあ、と僕は微笑ましくなる。手紙の中身は知らない。でも大好きな人に手紙を貰って喜ぶ人は非常に多い。手紙を貰って笑顔になる人々、それを届けた僕へのお礼を言ってくれることもある。これがあるから、僕は大変な仕事も頑張れるのだ。
「お仕事頑張ってね、ピンクの妖精さん!」
「ありがと!いってきまーす!」
ピンクの妖精さん、というのは僕の髪がピンク色だからだろう。僕は虹色の蝶々の羽根をはばたかせて、袋を抱えたままぱたぱたと飛び立った。この地区の手紙は届終わった。次は隣の、六番街へ向かうとしようと決める。
「えーっと、アシュビーさんアシュビーさん……エマ・アシュビーさん……んんん?」
僕は首を傾げた。アシュビーという苗字で、しかもエマという名前の女性。どちらもものすごく珍しいというわけではないが、この二つがくっつくと妙に聞き覚えがある名前となったからだ。
エマ・アシュビー。アシュビー伯爵家の次女。
確か、少し前にちょっとしたニュースになった女性ではないか。確か、侯爵家に嫁入りするはずが、直前で婚約破棄されたとかいう――。
――アシュビー家って、ものすごく古い名家だったよな。本家は王都に屋敷を構えてたはずなのに……なんでこんなド田舎に?
僕は首を傾げつつ、とりあえずその住所に飛んでいくことにしたのだった。
「あ」
やっぱりそうだ。僕は目を見開いた。新聞の写真で見たのとまったく同じ顔の女性。ブロンドの長い髪が美しい質素なドレスの女性が、庭先のベンチに座っているではないか。
どうやら読書をしているらしい。僕が近づくと、緑色の辞書のように分厚いハードカバーを置いて顔を上げたのだった。
「あら?郵便屋さんかしら?」
「え、あ、はい、まあ。……えっと、エマ・アシュビーさんでいいですか?メリー・アシュビーさんからお手紙で」
「ああ……お母様からね」
名前を告げた途端、エマは露骨にがっかりした顔をした。母親からの手紙、嬉しくないのだろうか。
「ごめんなさいね」
自分がやらかしたことに気付いたのだろう。エマは苦笑いをして、実は、と言った。
「お母様から手紙を貰うのも嬉しいのよ。でも、わたくしが一番愛する人からの手紙かも、なんて期待してしまったものだから。本当に、貴方にもお母様にも申し訳ないわ」
「一番愛する人?それって、もしかして」
「大きな騒ぎになったし、貴方もご存知かしら。……わたくし、一か月ほど前に婚約破棄されて、こちらの田舎に移り住んできたのよ。世間体も悪いですから」
「あー……」
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