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何かが妙だ、というのは僕自身も感じていた。
彼女があそこまで信頼する侯爵家の息子さんが、どうして婚約破棄なんてことをしたのか。解消、ではなく破棄ということは一方的に言い渡したということだろう。
彼女が愛した彼の顔が、偽りだったのだろうか?実は別に愛する女性がいたとか、優しいフリしたゲス男だった可能性はあるだろうか?
ゼロではない。が、妙なのは彼が、わざわざ王都からこちらへ移り住んできたということ。仕事の都合といっていたが、それは本当なのだろうか。だって、ロクソ地方には彼が婚約破棄したエマがいるのである。同じ町ではないとはいえ、馬車を使えば十分会いに行ける距離。万が一顔を合わせてしまったら、相当気まずいことは間違いないが。
――実は、ネイトもエマを愛していたとか?いや、だったら婚約破棄なんかするんだって話だよ……。
その答えは――僕が山を越えて、ネイトが住んでいる町へ来てすぐに発覚することとなる。
彼の顔も知っていた。なんせ、婚約破棄を取り上げた新聞に写真が載っていたのだから。ネイトは丁度庭に出ていたが、僕は彼に声をかけるのをしばし躊躇ってしまうこととなる。――ネイトが、車いす姿であったがゆえに。
「おや、配達妖精さんかね」
まだ二十三歳のネイト。貴族の中でも有名な美男子だったはずだ。ところが、写真で見たそれより、明らかにやつれ、疲れきった顔をしていた。顔色もよろしくないし、時折咳までしているではないか。
「お手紙かい?助かる、ありがとう。しかし、あまり僕に近づかない方がいい。この通り、ちょっと面倒な病を患っていてね。もうまともに歩けないから、こうして車いすで生活をしているんだ。君は妖精だから大丈夫かもしれないが、感染ってしまわないとも言い切れない」
「あ、あの……」
余計なことを、とわかっている。それでもつい、僕の口は勝手に動いていた。
「まさか、エマさんを婚約破棄したのは……」
「僕の病が発覚したからだ。国でも難病指定されている。かかった人間は、まず一年以内に死ぬ。一か月前は普通に動けていた僕も、たった一か月でこのザマだ」
彼はゆっくり首を振った。
「愚かな男と笑いたまえ。彼女にうつさないようにと婚約破棄して遠ざけたのに……少しでも彼女の傍にいたくて、療養のためと言い訳してこっそりロクソ地方に引っ越してきてしまったのだから。僕は、彼女を心から愛している。しかし彼女はきっと僕のことを嫌いになっただろう。それでいい。彼女のことはきっと、僕なんかよりずっと丈夫で、優しい人が幸せにしてくれるはずなのだから」
なんて言葉をかければいいか、わからなくなった。同時に己の浅慮さを恥じた。
婚約破棄したから彼は酷い男のはず、なんてあまりにも酷い思い込みではないか。必ず何か訳がある、とエマはそうはっきり言ってくれていたのに。
「……エマさんは、貴方を愛しています」
僕は、彼女の手紙を差し出した。
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