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「貴方に嫌われているのはわかっているけど、それでも自分の愛を届けたいと、僕にこれを」
「なんと」
彼は目を見開くと、泣きそうな顔で手紙を受け取った。
「……返事は書かないよ。書けない。僕は、嘘がとてもヘタくそだ。本当は愛していること、事情があること、彼女を相手に隠し通せる自信がない。それに、僕がまだ彼女を愛していることが知られたら、彼女は僕の病気を知っていても知らなくてもきっと会いにきてしまうだろう」
だから、返事は書けない。彼は手紙を愛おしそうに抱きしめて言ったのだった。
「どうか、君もここで知ったことは、彼女に秘密にしてほしい。僕が愛していることも、病気も」
「で、でも」
「頼む、妖精さん。僕はこの手紙一つだけで、残る人生を幸せに生きていける。……次に彼女が僕のことを知るのは、僕が死んだ時だけでいい」
僕は、どうすればいいのだろう。
屋敷を離れ、残る手紙を配りながら僕はずっと考えていたのだった。
マーガレットさんが言っていたことの意味が、やっとわかった気がする。特定のお客様に入れ込みすぎたら辛くなるだけ。そして、私情を挟んだら平等で公平な仕事なんてできるはずがない。既に僕は、かのひとに優先して手紙を届けているだけで私情を持ち込んでしまっているのだから。
――本当のことを、伝えてしまいたい。でも、それでもし、エマさんが彼に会いに行ってしまったら。
じゃあ、このままでいいのか。本当に僕は何もするべきではないのか。
考えに考えた末、頭をよぎったのはネイトの幸せそうな顔だった。あの手紙一枚があるだけで、と。彼そう言っていた。
――マーガレットさん、妖精のみんな、ごめんなさい。僕はまだ未熟です。今回だけ……今回だけ、許してください。
愛は、罪ではなく、悪でもないはずなのだ。
愛するだけで、愛を届けるだけで、人は幸せになれる。優しい想いを届けて、僕はみんなを笑顔にしたい。そう思ってこの仕事をしている、だから。
「え、エマ、さん!」
「え?」
エマの屋敷に戻ってきた時、僕は彼女に言ったのだった。
「ね、ネイトさんから伝言です!手紙は返せないけど、でも……あ、貴女が、手紙を書くなら受け取るって、だから!」
書いて欲しいと言っていた、とは言えなかった。彼がまだエマを愛していることも、病気のことも。
でも、きっとエマには何かが伝わったのだろう。彼女は泣き笑いの顔で、こくりと頷いてみせたのだった。
「ええ……ええ。また、お手紙書くわ。何度でも、何度でもよ。あの人に、わたくしの愛を届け続けるわ!」
拝啓、親愛なる君へ。
彼女はその言葉に、今日も明日も愛を載せるのだろう。
彼はその言葉とともに、何度でも愛を受け取るのだろう。
それこそが自分達の真実だと、胸に刻みつけながら。
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