参謀

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参謀

――――書庫に出勤すると、私の少し後ろにジェーンが続いていたことにぽかんとしていた書庫の先輩たちに、恐る恐るロードの妃である旨をぶっちゃけざるを得なくなって打ち明けたのだが。 「ロードの妃を書庫番って……」 「あの腹黒め」 「やっぱり狂犬でしょー?全くもー」 やはり私の腹黒判定は正しかったのね。 驚愕するかと思えばむしろロイドの腹黒鬼畜さに嘆く先輩方。 私が妃ってことには……そこまで驚いていないのだけど。そこに何か違和感を覚えるのだが……気のせいだろうか。まさかどこかで見てたり……いやいやまさか! 「でも、妃の仕事は特にないようなので、引き続きこちらで働かせていただければ……。あと、かしこまったしゃべり方何かは不要なので」 「まぁ、そりゃぁねぇ」 「配属だから私たちにどうにかできるものじゃないけど」 マリカ先輩とダン先輩が顔を見合わせる。 「晩餐会や外交の時に、たまには仕事は来ると思うよ」 と、エース先輩。そりゃぁそうよね?一回目の結婚の時は夫人として社交界に立つことはなかったけど……! 「まぁその時はシフトを調整していただければ……」 「分かったわ」 「ロードの妃と働けるなんて光栄だしな」 「……てか結婚できたんだ、良かったねロード。一生未婚だったらどうしようって長老たちが嘆いていたから」 そうエース先輩が漏らすと、マリカ先輩に『こらっ』と頭を叩かれている。 うーん……グレイに勧められて……なのだが。少なくともここの先輩方はロードの妃が人間でも、前侍女長たちのように見下したりはしないらしい。 「でも仕事じゃなくてもご飯は一緒に食べてあげてね。夕飯時のロードのしょぼん顔ヤバかったし」 げほっ。ごほっ。エース先輩の言葉にやらかした記憶が蘇る。あれ……でもエース先輩、どうしてロシェがしょぼん顔だったって知ってるのかしら……。 給仕か誰かに聞いたのかしらね。 とにもかくにと、今日の書庫での業務は、配達も含まれる。 城の部署から資料を頼まれることがあるのだ。こちらまでとりに来る余裕のない時もあるし、大量に必要な時もあるようで。 書庫番の先輩たちが資料や本を揃えてくれたものを台車で運ぶ。 配達順は先輩たちがジェーンに伝えてくれたから、私はジェーンの案内で台車を動かすだけである。 まずは財務部ね。 「こちら資料です」 「……あ、どうも。……ロードの妃ってマジなんですか」 あら、こちらでも知られていたの……?財務部のヴァンパイアが恐る恐る問うてきたのだ。 「えぇまぁ。でもそんなに気にしないでください」 「いや、無理ですが」 「でも私、ただの人間よ?」 「ただの人間はロードの妃にはなれません」 そりゃぁロードの妃になる女性だもの。しかし私は本当にただの……いや、前世の記憶もち公爵令嬢か。しかし、それだけで特別な何かがあるわけではないのだが。 「あぁ、あと、ここ財務部ですよね。是非教えて欲しいことがあるのですが……!」 「え……?はぁ……何でしょう」 「カーマイン公爵家の財政状況が知りたいわ!」 「それはいくらなんでも無理です」 うぐ……。真っ向からダメ判定かよ。まぁ、軽々しく教えたら貴族のプライバシーに関わるものね。あちらにいた頃から知らなかったけれど、今はもうアイリーナと再婚した以上……動きがあるかもと思ったのだが……無理だったか。むしろしつこくしたらロイドにチクられそう。そんな予感がすっごくするのは何故かしら。 仕方なく諦めて次の配達先に向かう。お次は人事部である。 「こちら資料です。あと、カーマイン公爵家の人事関係の情報が欲しいわ!」 「資料はいただきますが……そんなのダメに決まっているでしょう。あとここの決裁は侍従長も関わっているので」 うぐ……っ。またロイドの影が……っ!思えば使用人じゃなくて官吏枠(ただし下っ端)に私をぶっ込んだ以上はロイドも人事部に相当影響力を持っているわよね……!? 本当に何者なのかしら……あのひと。 ――――だけど。 「いいことを思い付いたわ!」 胸の前でガッツポーズを決めれば、人事部のヴァンパイアがハテナな表情を浮かべる。 「よーし、ジェーン!早く配達済ませて、ロイドのところに直談判に行ってやる!」 「あの……正気ですか」 人事部のヴァンパイアが怪訝そうに問うてくるが。 「まぁまぁ、シャーロットさまのお供ができて私は楽しいですから」 「はぁ……ジェーンさんが言うならいいですけど」 うん……?ジェーンって城のみんなに信頼されているのね。お仕事もてきぱきとこなすし……そんなジェーンが今まで侍女長ではなかったのなら……やはりあの前侍女長たちが家の力で威張っていたのね。ロイドにとってはたいそうな目の上のたんこぶだったでしょうね。 そうして私は配達を済ませて……侍従長の部屋にやって来たのだ。 「ロイド!話があるのよ!」 「……はい?アポも取らずに何でしょうか」 あからさまに迷惑そうな表情をするわね。いや、アポも取らずに来た私も私だが。時間を作ってとか言ってもこのひと忙しいとか言って断りそうなんだもの。 前世の庶民時代ならともかく、公爵令嬢として育った以上はわりとひとを見る目は鍛えられていると思っているのよ。だからアッシュと結婚したのも政略結婚で仕方なく……である。 「言っておきますが……情報の閲覧許可は出しませんよ」 「うぐ……っ」 何で私が情報収集しようとしてたこと把握してるのよ。因みに書庫にある機密文書も許可がなければ魔法で開かないようになっているのだ。 私が読めるのは、一般に知られているローゼンクロス史に出てくるカーマイン公爵家の歴史くらいである。 「許可はいいのよ。目の前にとっても素晴らしい情報源がいるんですから!」 腹黒地獄耳のロイドと言うね。 「ほう?私を利用しようと?」 「違うわよ。協力関係よ」 「……はぁ、私があなたと協力をすると?」 「いい協力関係だと思うのだけど。ねぇあなた、カーマイン公爵家のことどう思う?」 「あなたの一度目の嫁ぎ先でしたね」 「そうよ。そして私はそいつらを愛人上がりのアイリーナを合わせてぎゃふんと言わせたいの。あなた、あの無能なアッシュ・カーマインが公爵なんて地位にいること、不満じゃないの?」 ただ血筋と威勢だけはいい無能な侍女たちを完膚なきまでに追い出したロイドである。 彼女たちが城主のロシェの顔に傷をつけるのは確実。 そしてアイリーナの嘘にまんまと騙され、冤罪吹っ掛けて私を追い出した。そんな無能が公爵って…ロイドが我慢できるわけ……? 「……アッシュ・カーマインが公爵に着いたのは、あなたが嫁ぐと決まってからです」 「あら……そう言えばそうだったわね」 私が嫁ぐと決まって、アッシュは公爵になったのだ。それも事実。 「ヴァンパイアが家督を譲るタイミングと言うのはそれぞれだが、カーマイン家はそれでも遅かった」 ヴァンパイアは長命種だから、家督を譲るタイミングも人間とは違うわよね。 エメラルド王国ならば嫡男の成人に合わせて家督を譲ることも多い。 お父さまは分家から跡取りを迎えずに、そのまま公爵であり続けていたけれど。 今思えば国の未来などとうに見越して、跡取りを迎えなかったのかしら。 そうすれば、お父さまに何かあったとしても、跡取りまで手にかけられることを防げる。 例外はあるとはいえ、エメラルド王国ではそう言う流れが多いわね。 「それは何故だったか分かりますか?」 「うーん……まさかおバカだったからとか言わないわよね?いや、まさかぁ~~」 アイリーナにコロッと騙されるくらいである。疑いたくなる私の気持ちくらい多めに見て欲しいわ。 「……」 しかし、ロイドが真顔である。真顔で……見てくる。 まさか本当にそうだったの……っ!? 「公爵という爵位を継ぐにはあまりにもお粗末すぎたが……政略とは言え妻を娶るのならと先代が譲ったのですよ」 「そ……そう」 まさに私ははずれくじを引いたのね。自ら捨ててくれたからありがたいけれど。 「結果は散々でしたが」 うん……さすがのロイドも不満を隠せないのよね。
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