晩餐と夜会

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晩餐と夜会

――――その夜のことである。 「今度、ヴァンパイアの貴族たちが集まる夜会がある」 晩餐の席で、唐突にロシェに告げられたのだ。うん……確かにヴァンパイアの社会でもそう言った社交界の付き合いってのはあるわよね。前の結婚の時は全くそう言う場には連れていってもらえなかったけれど。 「そう。じゃぁ私は先に夕飯を食べて寝ておいていいかしら?」 ロードのお仕事の邪魔になってはいけないわ。 「は……?」 ん……?ロシェが固まっている……?そしてその側に控えているロイドのこめかみに青筋が走ったのを確かに……見た。 ひいいいぃっ!? 何でよ!?ロイドの言った通り歩を弁えたのだけど……っ!? 「シャーロット……」 「は、はい!」 ロシェがゆっくりと私を見据える。 「一緒に来てはくれぬのか……」 わんこおおぉっ!!!?今完全にこのひと、わんこよ!一緒に来てもらえなくてしっぽまでしゅーんとなってしょぼんとしちゃうとか……!何だか『くぅ~ん』とか言う効果音が聞こえて来そうな感じなのだけど……! 後ろから猛犬がガルルルルッと唸っている効果音も聞こえる気がするけれど~~~~っ! 「わ、私も一緒でいいのなら……?」 「うむ」 ロシェがキリッとして目を輝かせる。やっぱりわんこ……このヴァンパイアロード、わんこだわ。 「ドレスはこちらで用意しよう」 「目立たないものでいいわよ」 「……っ」 え……っ!?ちょっとショック受けてない!?このわんこ、私を飾り立てたかったの……!? そして後ろから確実に猛犬の舌打ちが聞こえたぁっ!! 「ろ……ロシェに任せるわ」 「うむ……!」 やっぱりこのロード……わんこだぁっ!!ヤバい、なでなでしたいけど……この場でなでなでしたら確実に後ろの猛犬に手を咬まれるぅっ! しかし前世庶民の記憶がある私としては、社交付き合いなんてかたっくるしい。でも、公爵令嬢としてはしっかりと務めなければならないから、我慢して臨んでいただけだ。待っていたものはアイリーナからの嫌がらせの数々ではあったが。 でも、ロシェが共にいてくれるのなら……安心感はあるわね。 ――――そして、ヴァンパイアの貴族たちの集まる夜会の日がやってきた。 こう言う場は人間の社交界とはさほど変わらないのだろうが、周りがヴァンパイアだらけだと言うのはさすがに緊張するわね。 「よく、似合っている」 正装に身を包んだロシェが、私のドレス姿を見て嬉しそうな表情をする。その……私みたいな地味な女でも大丈夫かと不安だったのだけど……それでもロシェが喜んでくれるから、心強い。 「ろ……ロシェも、カッコいいわよ」 お返しをしなくちゃ失礼よね……と、思った社交辞令だったのだが。 「……っ」 ロシェの後ろに……ブンブン振られるしっぽが見えるぅっ!! しかし、すぐ側には猛犬がいるのだから気が抜けない。 「ロイド、夜会にはカーマイン公爵家参加しに来るのよね」 ロイドから仕入れた情報である。 私への指名手配については相手にもされなかったが、しかしアイリーナのことはアピールしたくてたまらないのか……アイリーナが城の夜会に参加したいと我が儘を言ったのか……。どちらにせよ、来るならば迎え撃つだけよね。 「それもそうですが、今回はシャーロットさまのお披露目も兼ねているのです」 ロイドの言葉に、ロシェがぶんぶんと首を振る。ロシェも乗り気なの……? 「でも私は人間の娘よ?」 ヴァンパイアの妃ならともかく……ヴァンパイアにとっては餌か繁殖用に都合がいい存在なのでは? 「お披露目もしないカーマイン公爵家が異様なのですよ」 そう言うものなのかしらね、たとえ人間の妻でも……。まぁアイリーナは張り切ってお披露目したようだけど。 でも間近に城での夜会があるのなら、そちらにも参加するわよね。特に見栄っ張りのアイリーナなら、喜んで参加すると思うわ。 むしろこちらでも主役気分で。 「じゃぁ、早速、気合いいれて行くわよ!」 おーっと腕を伸ばせば、それに乗っかって『おーっ』と言ってくれるジェーンはやっぱりいいヴァンパイアよね。うん。 そう言うわけで、ロシェにエスコートされて、夜会会場に繰り出した。 ホールに繰り出せば、既に多くのヴァンパイアたちが揃っている。 そしてロードの隣でエスコートされる私を驚きつつも面白そうに見るヴァンパイアたち。 まだアッシュやアイリーナはいないようね。堂々と遅刻……?でもアイリーナなら、髪型が決まらないとかで遅刻するのは日常茶飯事だったから。自分の国でもないのに、堂々としてるわよね。 そして席に着けば、ロードの臣下のヴァンパイアたちが挨拶にやってくる。 「ロードが人間の娘を妃に迎えるとは」 そして時折珍がって近付いてくるヴァンパイアたちがウザいけど……!ちょっと、何で匂い嗅いでくんのよ!変態か……っ! 無視して顔をそらせば、ぐいと腕を掴まれる。うぅ……っ、こいつらさすがは上位種。力まで強いのよ。本気で握られたら、骨が折られそう……っ。 「放してくださる!?」 「人間のくせに生意気だ!」 知らないわよ!セクハラしてくる方が悪いじゃない!ヴァンパイアだとか人間だとか、関係ないわよ! 「何をしている」 しかし不意に上からかかった声にハッとすれば、腕に巻き付いていた不快な手の感触がこわばる。 「こ……これは、ロード……この人間の娘が……不敬な態度を……っ」 私の腕を掴むヴァンパイアが震えながら言い訳をするが、彼らのロード……ロシェの表情は不機嫌なままである。 「いつまで腕を掴んでいる」 しかしロシェは聞く耳を持たず、私の腕を掴む男の手首を握ると、その不快な感触が消えたとたんに、バキィッとものすごい音が響く。 え……?まさか、折ってないわよね……っ!? そしてさすがなのか、何なのか、ヴァンパイアの男は悲鳴もあげずに崩れ落ちる。さすがにこの場で大声を出さないのは貴族のプライドか、ロードの前だからか。 「不愉快だ。出ていけ」 そうロシェが冷たく告げれば、不快なヴァンパイアは脅えたように会場を後にした。 「あ……ありがとう」 「いい。もっと寄れ」 そう言うとロシェが私の腰を抱き寄せて来る。 ロードの席は幅がある。ロードが未婚ならばひとりで真ん中に、そして夫婦 腰掛けられる。 そんなにくっつくのはどうかと間を空けていたのだが、ロシェによってピタリとくっ付けられてしまった。 どうしようかしら……ドキドキする。ほかの臣下たちが次々と挨拶に来る中、ほかの側近たちがロシェの元に耳打ちするのが見えた。 何かしら……。出席者の挨拶かしらね。でも何故そんなにかしこまっているのかしら。 「まぁ、あの方がヴァンパイアロード!?とっても美しい方だわ!」 げ……このいかにもお花畑な声は……っ! 忘れる方が無理な不快な声。 真打ちは遅れて登場とはこのことか。先程の報せは、この場にはいかにも不似合いなお花畑の到来を告げるものだったか。
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