ロード

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アイリーナの欲はとどまることを知らない。ロードであるロシェは妃を望んでいなかった。だから国同士の関係構築のために、私が王家の親戚である公爵家に嫁いだのである。 突然気が変わったように公爵夫人の座を略奪し、ロシェが私を妃に迎えたと知ったら知ったで、それはおかしいってどういうことなの……? 「私はエメラルド王国の王女。王族に嫁いでしかるべき血筋よ。対するこの女はたかだか公爵家の出身……いいえ……もう公爵家でもない、反逆者の娘よ!」 アイリーナも……お父さまが反逆者のレッテルを貼られたことを知っていたのか。 それはそうかもね。だってそれは、アイリーナが悲劇のお姫さまとしてヴァンパイアの公爵に嫁ぐためのシナリオだもの。 だけど冤罪でお父さまを追い詰めたのはやはり……許せない。 そして私がアッシュに嫁いだのは、そもそもアイリーナが我が儘を言ったからである。 さらには公爵家は王家の親戚だからこそ、公女として代わりに嫁ぐに値すると見なされた。 そのはずなのに、よくもぬけぬけと……!さらにはロシェが私を妃にしたからってその座まで狙うだなんて……! あなたはもう、アッシュの妻の座を略奪して、結婚したのでしょう!? なのにロシェが結婚したからと言って自分がその座に収まろうとするのは何なのよ!! 「私が貴様を妃に迎えることなどない。私の妃はシャーロットだけだ」 ロシェが迷いなく告げる。ロシェ……?契約結婚なのに……それでも私に味方をしてくれるの……? 「それと……たかだか人間の国の策謀など、我らが知らぬと思ったか」 ロシェが漂わせるのは、まさに上位種の風格、余裕。いつの間に……それともグレイから聞いていたのかしら。 「貴様のような不敬な女はいらぬ。不愉快だ、去るがいい」 「そんなっ!何かの間違いよ!シャーロットなんかより、私の方があなたに相応しいわ!どうせシャーロットの汚い甘言に踊らされているんでしょう!?私がいれば、シャーロットの汚い企みから救って差し上げるわ!」 私の汚い甘言だの企みだの……!それは全部あなたの汚い甘言や企みでしょう!? どれだけ私のせいにする気よ!! 「貴様のような汚い人間などいらぬ。とても不味そうだ」 それは血の味ってことかしら。アッシュとは正反対の見解ね。それともそこはヴァンパイアの個体差かしらね……? 「それよりも私は、シャーロットの甘い匂いの方が好きだ」 そう言うと、ロシェが私の髪に鼻を押し付けるように顔を寄せる。ちょおおぉっ!いくらアイリーナを追い払うための演出でも、やりすぎだって……! わんこだからってそんな……っ、そんなことをされたら、顔から火が出そうになるほど、ドキドキしちゃうじゃない! そしてその光景に、アイリーナはさらに怒りを滲ませる。 「この……悪婦シャーロット……!」 アイリーナがずかずかとこちらに足を踏み出してくる……!?さすがのアッシュもそれは不味いと思ったのかアイリーナを止めようとするが、アッシュの手をはたきおとし、アイリーナが私に向かって腕を伸ばす。 しかしすかさず白髪の護衛が私たちの前を塞ぎ、アイリーナに剣を突き付ける。 彼もヴァンパイアである。 「な……何でよ!何でそんな女を庇うの!?私の方がロードさまに相応しいわ!」 「……お前ごときがか」 するとロシェがすっくと立ち上がり、護衛がサッと道を譲る。その時横を向いた護衛の顔にどこか見覚えのある気がしたのだが……しかし知っている顔とは表情が違う気がする。……親戚かしら……? しかし今は……ロシェだ。 そしてロシェがゆっくりと重みのある声を放つ。 「この私に相応しいと」 「……も……っ」 もちろん……と答えようとしたのか。しかしアイリーナはその先を口にできない。 空気が変わった。 ロードの纏う覇気に、アイリーナは言葉すら忘れたようにふるふると震えて膝を付く。 「とてもそのようには見えぬがな」 そしてフッと嘲笑する。 いつもは威勢のいいアイリーナも、青い顔をして何も言えないようだ。 「この女とカーマイン公爵をこの場から連れ出せ。我が許可がない限り、城へ入ることは禁ずる」 つまりは城からの追放ってことね。 「カーマイン公爵。とっととこの無礼な女を連れて去るがよい」 「……ひっ」 私を威嚇した男が、ロシェの圧にはなすすべもなく震えて何もできない。 「愚か以上に、自分よりも強い存在には小心者ってわけ」 アッシュも王族の血を引くだろうに。ロシェに対しては何もできないのね。 「普通はそうですよ。それでこそのロードですから」 横からロイドの声がしてハッとする。 「それはあなたもでは……?それと護衛も」 「護衛は訓練をしているだけです」 それは……そうかも。ロシェに脅えるヴァンパイアが直属の護衛などできないか。しかし……自分のことは語らないのかこの男。いや、てもとてつもない鬼腹黒ロイドだもの。 「今何か思いました?」 「思っただけじゃない……」 やっぱり恐いわね、この男。 「摘まみ出せ」 ロシェの言葉が響けば、白髪の護衛が合図をすると他にも護衛が駆け付け乱暴にアイリーナとアッシュを引きずり出しにかかる。 いつもなら大声で抵抗するアイリーナも顔色は真っ青で、ぶるぶると震えながら退場させられていった。 アイリーナがなすすべもなく退場とは……してやったりって感じよね。ふふふっ。 こんなこと今までで初めてよ。アイリーナを徹底的に追い出せたんだもの。 やっぱりロシェとの契約結婚は大成功ね!本当に……神出鬼没なグレイに感謝しないと。 「シャーロット」 「うん?」 ふと、横を見れば、再びロシェが隣に腰掛け、こちらをじっと見ている。 えぇと……あの2人を追い返してくれたんだしお礼を……。 いや、違う……これは……っ。前世にポメを飼っていた私には分かる……! 見た目はシェパードとかドーベルマンみたいなロシェだけど、これは……っ。 確実に飼い主さんに『ぼくやったよ!褒めて!』の顔だぁぁっ! これ……なでなでしていいのかしら。けれどその背後には魔犬ケルベロスがギロリと私を睨み付けてくるううぅっ! 一応味方……味方なのだけど、ケルベロスは主が関わると協力者にも容赦をしない性質を持ってるのよおおぉっ! 「あ、ありがとね」 そう笑顔で言った瞬間には手が出ていた。わんこのさらさら黒髪をなでなでしてしまった。 だ……大丈夫かしら、魔犬は……。 あれ、ジェーンが来て待てをしてくれている!? やっぱりケルベロスを制御できるジェーンが一番最強なのでは……? 「シャーロット」 しかしふいにロシェに呼ばれて視線を戻す。 「少し気が立ってしまった。暫しなだめてくれ」 そう言って胸元にぎゅっと抱き締めてくる。 ええええぇっ!?わんこを褒めたら……褒めたらまさかの溺愛コースって……。 ――――でも……契約結婚でも、私でも……少しは幸せを享受しても、いいのかしら。
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