夫婦になった日

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夫婦になった日

ロシェを追いかけなきゃ……!どこへ行けば良いやら迷っていれば、不意に不快な呼び声が響く。 「シャーロット!」 いきなり私を呼びつけたのは、顔も見たくない男。 「しゃ……シャーロット!」 再び私の名を呼ぶアッシュに向ける目は自然と険しくなる。 するといつの間に付いてきてくれていたのか、アイザックがサッと私の前を塞いで、アッシュが近付けないようにしてくれる。 「お願いだ、シャーロット、聞いてくれ!きっと何かの間違いなんだ!」 何がどう間違いなのよ。 「も、戻ってきてくれないか」 「……は?」 「公爵家はもうおしまいだ」 「全部自業自得じゃない」 「そんなこと言わないでくれ!もう一度戻ってきてくれないか!」 「嫌に決まってるでしょ!私はもうロシェだけの妻よ!」 と言うか何で今さら私を呼び戻そうとするのよ。 「だ……だが……そうだ!アイリーナに酷いことをして無理矢理私の妻の座に収まったことも、許すから!何なら配下たちへの虐殺容疑も許してやろう!お前は、アイリーナを差し置いて私に嫁いでくるほど、私に嫁ぎたかったのだろう!?」 はいいいぃっ!? 「……アンタ何言ってんの」 「……え?」 「アンタの言ってること、そもそも何もかも違うわよ。容疑なんてものも全部が全部、でたらめなものだわ。私はアンタに嫁ぎたいだなんて思ったこともないわよ。アイリーナがアンタに嫁ぎたくないと我が儘を言うから、国命でアンタに嫁がされたの。そうでもなきゃアンタなんかに進んで嫁ごうだなんて思わないわ」 「そんな……でも……っ、アイリーナは私にずっと嫁ぎたいと思ってくれていて……嫁ぐのを君が無理矢理……」 「アイリーナはヴァンパイアなんて恐ろしい、血を吸われるなんて嫌だと泣き喚いていたわよ!単にアンタの顔を実際に見て気に入ったってだけでしょ」 あの面食い王女め。 「そんな……バカな……アイリーナはヴァンパイアのことを褒めてくれたのに……」 「秘密裏に人間を拐うあんたたちを褒める?私なら絶対に嫌よ!それよりも……今のシステムを作ってくれたロシェの方がよっぽど褒める価値があるわよ。ロシェの意思に反してクズの所業を積み上げておいて、ふざけんな!自分たちがロシェの名誉を潰す行為をしているって自覚くらい、持ちなさいよ!」 私の言葉に、アッシュが驚愕したように見つめてくる。まさか気付かなかっただなんて言わせないわよ! 「何故……そのことを知っている」 え……?あぁ、人間を拐って餌に……ってのは、カーマイン公爵家が隠れて行っていることだったっけ。でもヴァンパイアの社交界では当たり前に触れないこと……なのよね。それをヴァンパイアの社交界初心者の私が知っていることに驚愕してるってこと……? 「アンタが私にしたことでしょ」 そのくせしてよくそんな表情ができたわね。 「だ……だが……っ、それは公認の黙認で……」 「それを表沙汰にしたのはアンタじゃないの」 「いや……私はただ、配下たちを殺したお前を……そう言えば……ただの人間の女が何故そんなことをできたんだ……?」 「今さらそれを聞くの?本人に聞いたらどうかしら」 その瞬間、アッシュがハッとして振り替えれば、アッシュの額に堂々と対ヴァンパイア用の魔法銃を突き付けるグレイがいた。 「お前で実践してやろうか?」 「……ひっ」 やはり元ヴァンパイア公爵でもヴァンパイアハンターは恐いのだろうか。それともグレイ限定かしらね……? アッシュはすかさず後ずさる。 「と、いい加減隠れてないで出てこい」 グレイが呆れたように私を見る。いや……正確には私の後ろを……。 恐る恐る振り向けば、柱の影からちらりとこちらを見る姿に気が付く。 「ロシェ……」 ロシェは少し考え込むように動きを止めたあと、意を決したようにこちらに歩いてくる。 「貴様は私の許可がない限り城に入ることを禁じたはずだが……?」 そしてロシェは私をずいと抱き寄せれば、静かにアッシュを見下ろす。 それは……アッシュたちへの見せつけ……だと思っていたのだが、違うの……? 「ろ……ロード……っ」 そしてアッシュが種の主君を呼ぶ。 「ど……どうか私の妻を返してくれませんか!?」 は……はい……? 「配下の妻を奪ったとなれば……ロードの沽券に関わることで……ございます……っ」 「ふざけんな!」 何がロードの沽券に関わるよ!何か分からないけど腹が立つ! 「不倫して、私を一方的に捨てたのはアンタじゃない!」 むしろ略奪したのはアイリーナの方じゃない! 「アンタみたいな配下がいる方がロシェの沽券に関わるわよ!」 「その通りです」 いつの間にかロイドも来ていた。ほんとこの男はロシェが大好きすぎる狂犬なのだから。 元公爵相手にも容赦がないわね。 「ろ……ロード!お願いです!信じてください!シャーロットの言うことはすべて嘘で……」 帰ってこいだの、今までの容疑を許すだの言っておいて、自分の都合が悪くなったらそう言う戯れ言を言い始めるのね。ほんっと腹が立って仕方がないわ。 「いい加減にしろ」 しかしロシェのひと言でアッシュがハッとして出かかった言葉を呑み込む。 「私は妻であるシャーロットの言葉を信じる。貴様のように妻の言葉も信じず愛人の言葉に踊らされるようなものの言葉などどうして信じられようか。お前のようなものは配下にも臣下にもいらぬ」 ロードにそう告げられること。それはヴァンパイアと言う種族からの追放を意味する。 「それと……グレイ。面白い話があるんだろう」 「……そうだった」 ロシェの言葉にグレイが頷く。 それでグレイは来てくれたってことか。 「エメラルド王国が滅びた」 ……へ……?その言葉に一瞬時が止まったかと思った。 「滅びたって……」 確かに滅びるのは時間の問題だとは思っていたけれど、それにしては早すぎないかしら。もっとこう……徐々に傾いていく……と言うのを想像していたのだが。 「王政を問題視するレジスタンスが反旗を翻してな、王家を処刑し滅ぼし、新たな王家を樹立したわけだ」 まさか物理的に強行するだなんて……。あの王家はとことん怨まれていると思ったし、名宰相だったお父さまを反逆者に追いやって不満に思わないものの方が少ないとは思っていたけれど。 「あの国はガーネット王国と国名を改めた」 「……ガーネット……」 私の旧姓だわ……! 「まさか……」 「反旗を翻したレジスタンスの指揮を取ったのは前宰相アレン・ガーネットだ」 「お父さま……!」 やっぱり生きていらした。そして……あの王家を討ち取った。 「新たな王になったのはアレン・ガーネット……つまりは先王女アイリーナの帰る国はなくなった。むしろ帰ったとしたら早速国民に火炙りにされそうな勢いだ」 まぁ我が儘放題、贅沢三昧で国を傾けた悪王女として有名だものね。みんな恐くて口に出せなかっただけで……目立つことが好きだったアイリーナの顔は平民でも知っているはずだ。 見付かれば即刻袋叩き……グレイの言った通り火炙りもあり得る。 「しかし……アレン・ガーネットの娘を手中に納めたのなら……形成を一発逆転できるかもしれないからな」 つまり私を人質にお父さまを脅そうと言うこと。 やはり裏があったわね。ないはずもないのだけど、いちいち考えることがあくどい。アイリーナが考えたのかしら。なら思いどおりに行かずに悔しがるわね。 「シャーロットは渡さない」 ロシェが力強く告げる。そうよね、私を渡せば、この最低な男が息を吹き返すかもしれないもの。 「貴様は追放する。貴様の愛する女と共に出ていくがいい」 ロードが配下から追放すると言うことは、そう言うことである。 それにアイリーナも付けてくれるだなんて、いいサービスだわ。 「ま、待ってください……!ロード!」 「くどい。とっととこの男を摘まみ出せ。我が配下でもないヴァンパイアをここに置いておく必要はないだろう」 それもそうだ。 どこからともなく、護衛たちが降りてくると、アッシュを乱暴に拘束する。 「待て!貴様らぁっ!」 「大人しくなるように一発ぶちこんでやろうか」 そう告げるグレイに、護衛たちはどうぞとアッシュの腹を撃ちやすいように陣形を変える。それにはアッシュが絶叫する。やっぱり対ヴァンパイア用……それほどまでに痛いのかしらね……? 「心配するな。ちゃぁんと死なないようにやってやる」 グレイもグレイで容赦ないと言うか鬼……! その脅しにアッシュはもう涙も鼻水もびゅうびゅうだ。イケメンが台無しすぎる。 そしてグレイに『ここがいいか?』とか言われながら脅えつつ、護衛たちに引きずり出されて言った。 アッシュが去り、静かになったローゼンクロス城に、覇気をすっかり鎮めた落ち着いた声音が響く。 「シャーロット」 「うん」 いつの間にかここが落ち着く場所になっちゃったわね。 「シャーロット……シャーロットの夫は、私だけか」 「……え」 やっぱりずっと側にいて、聞いていたの……? 「でも、シャーロットは……出ていってしまうのか」 それはその……契約結婚だったならば、エメラルド王国が滅びて、お父さまが生きていることを知ったのならガーネット王国に帰るのが筋だったと思うけど。 「私は……その、あなたとは契約結婚だと思っていて……でも……そうじゃないなら……私は……」 「契約結婚なんかじゃない」 「……ロシェ」 「私は、妻にするならシャーロットがいい。シャーロットしかいない」 「……ロシェ」 「シャーロットは、違うのか」 そんな……寂しそうに言うんだから。 「私も……できることなら、ロシェとならって、思ってる」 ロシェとなら、幸せな夫婦になれるのかなって……どこかで望んでいたけど……契約結婚だから考えないようにしようと思ってたのよ。 「でも、もし、許されるのなら……契約なんてなかったのなら……私はロシェの妻になっても……いいのかしら」 「……っ、当たり前だ。シャーロットを逃したくなんてない」 ロシェが私のことを強く抱き締めてくれる。 「シャーロットと血の誓いを結びたい」 血の契約だと思っていたものを……『誓い』と呼ぶのは……ロシェが私とは契約結婚なんてしない。本気だと言ってくれているかのようだ。 「うん……私もよ」 その日、私たちは本当の夫婦になれたと感じた。
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