ヴァンパイアの生け贄

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ヴァンパイアの生け贄

――――この世界には人間と吸血鬼(ヴァンパイア)がいる。 前世の地球では伝説上の生物であったヴァンパイアは、この世界では魔物の王と呼ばれ、この世界のあらゆる魔物の頂点に立つだけではなく、人間と同じように国家を運営し、人間たちの王国との国交も拓かれている。 ……表向きは。 何たって人間の血はヴァンパイアの最高の餌となる。一般のヴァンパイアたちは、人間の伴侶がいない限りは他生物の血で喉を潤すが、王族や貴族など一部の権力者の中では、人間の血で喉を潤すのが高貴なヴァンパイアとしての固定観念だった。 しかし人間を襲ってばかりでは人間の国々との全面戦争になるだろう。 人間たちは生き残るために剣と魔法を駆使して戦う。たとえヴァンパイアとの間に絶対的な力の差があったとしても、ヴァンパイアに抗えるのはハンターと呼ばれる一部の特殊な技能を持った者たちだけだとしても。 ヴァンパイアの餌から逃れるためには仕方がないことだ。 だから人間たちは、戦わずにして生き残る方法を模索し、ヴァンパイア側の要求を呑んだのだ。 それはヴァンパイアに餌となる人間を差し出すこと。 それも表向きは長命種であるがゆえ、子のできにくい……それも女児の少ない吸血鬼のために、政略結婚としてと、嘯いて。 そうして私も嫁いだのだ。ヴァンパイアに嫁ぐのが、餌になるのが嫌だと暴れた……祖国エメラルド王国のアイリーナ王女の代わりに、ガーネット公爵家の公女である、私……シャーロット・ガーネットが。 ――――けれど、待っていたのは餌としても扱われない冷遇生活だった。 美男美女揃いのヴァンパイアにとって私は地味な茶髪に目立たぬ深い藍色の瞳と言うパッとしない見た目。平凡過ぎて不味そう……それが理由だった。 だからいつかこんな日が来るかもしれないと感じていたが、現実はとても受け入れがたいものだった。 「シャーロット、貴様とは離縁する」 「り……えん……?」 ――――結婚後2週間を迎えた日の、衝撃だった。 「そうだ。そして本来私に嫁ぐはずだったアイリーナと結婚しよう」 そう……夫であるヴァンパイア公爵アッシュ・カーマインが連れてきたのは……私が代わりに生贄として嫁がされた原因でもある、アイリーナ・エメラルド王女だったのだ。 「あぁ、嬉しいわ!アッシュさまっ!」 ハニーブロンドの髪にエメラルドの瞳を持つ美しき王女アイリーナは、ほろりと涙を流しながら、アッシュの腕に抱き付く。 アイリーナの美貌はそれはもう、エメラルド王国いちと言われるもの。 美しきヴァンパイア公爵である、金髪にアッシュモーヴの瞳を持つアッシュにも劣らないほどである。 お似合いとはこう言うのを言うのだろう。そして見目麗しい彼女のような人間を……アッシュは美味しそうと形容するのだろうか。 私には……むしろ不味そうに見えるのに、これも種族間の感覚の差なのだろうか。 しかしながら、アイリーナはアッシュに嫁ぐことを嫌がっていたはずだ。それなのに何故、急に……。 「シャーロットは酷い女なの」 は……?いきなり何を言い出すの……?それならば、王女として生まれ育ちながら、国政のため、人間と言う種の独立のために人柱となる。 その役目を、血を吸われるのは嫌だと言う理由だけで私に押し付けた……あなたはどうなの……? 「私はずっとずっと、アッシュさまと結ばれたかったの!」 はい……? ヴァンパイアがアイリーナが好きそうな美男揃いだとしても、ヴァンパイアなど恐ろしい、血を吸われたくない、そう暴れたのはあなたでしょ?それは人間の本能かとも思えた。しかしヴァンパイアの美貌にはころっと引っ掛かるって……ヴァンパイアが人間の生き血を得るための手腕なのか、それともアイリーナの我が儘さゆえなのか。 「そしてアッシュさまがエメラルド王国に迎えにいらした日……私は分かったわ……!あなたが運命の相手だと……!」 そう言えば……私が嫁ぐ際。ヴァンパイアとしての礼儀だとか何だとかで、アッシュが自らエメラルド王国に迎えに来たのよね。 私の顔を見た途端に舌打ちしたけど……。 アイリーナはヴァンパイアに嫁ぎたくないからとその場にはいなかったはずだが……アイリーナも、その様子を隠れて見ていたと言うことだろうか。私が身代わりとして嫁ぐことになったからと言って、ざまぁだの何だのと見下しに来たから。 私がどんな恐ろしいヴァンパイアに嫁がされるのか、こっそりと見物に来たってわけ。 そしてそこでアッシュの美貌に惚れたってことか。 ……血を吸われる恐怖などお構いなしに。 「だけど、シャーロットが私を虐めて、脅してアッシュに嫁ぐのを諦めさせ、無理矢理アッシュに嫁いだのよ……!」 「何を言っているの!?」 思わず叫んだ。あなたが私を気に入らないと言う理由で、今まで何をやってきたか。 むしろアイリーナは自分以外の令嬢に嫉妬した。高い宝石や豪華なドレス、珍しいアクセサリー、美しい髪や瞳まで。 アイリーナが欲しがるものを持っていれば、部下に命じて無理矢理奪い取り、アイリーナが欲しいものを持っていたことを責め、暴行を加えさせた。 彼女は王女と言う立場を使って、やりたい放題で、彼女を溺愛する国王と王妃も何でもかんでも彼女の好きにさせた。だからこそ、私が彼女の代わりに嫁がされた。王の命令なら、臣下のお父さまも逆らえないから。 ――――まさか……実際にアッシュを見て、見た目を気に入り、欲しくなったから奪いに来たってこと……? 思えばヴァンパイアなど恐ろしいと、ヴァンパイアが来るならば外交の場にすら立たなかった王女。ただ人間のイケメンだけで充分だと振る舞っていた。しかしヴァンパイアの人知を超越した美貌に、アイリーナは心を鷲掴みにされた。 そうなれば……一度気に入れば婚約者がいようといまいと奪い取る。 そこに明らかな嘘や冤罪を重ねようが、気に入られた令息が婚約者を信じようが構わない。アイリーナは王女と言う立場を利用して圧力をかけた。 今回も同じように……。 「きゃぁっ!シャーロットがまた虐めてくるわ!」 また調子のいいことを……っ! 「それはいつもあなたが……っ」 思わず立ち上がるが、その時。 「そこまでだ!」 人間よりも上位種の視線が突き刺さる。まるで猛獣にでも睨まれたかのような錯覚に、ぶるりと肩を震わせる。 「そうやっていつもアイリーナを虐めていたんだな!?」 は……?違う。アイリーナが嘘をつくから、言い返そうとしただけなのに。ヴァンパイアに睨まれた被捕食者の人間には、息をするのもままならない空気に、まともに答えることもできない。 「お前のやったことは、既にアイリーナから聞いている!それに私も、気立てがよく美しいアイリーナを伴侶としたい……!」 気立てなんて、どこもよくないじゃない。自分の身代わりに嫁がせておきながら、結局は略奪するだなんて……! 「アイリーナを傷付けたお前には、相応しい罰をくれてやろう」 は……?罰って……何!?しかし、身体が動かない。まるで目の前に野放しの猛獣がいるように、人間の本能が警鐘を鳴らしているのだ。 「ヴァンパイアの中には、人間の血を味見したくとも、私のように高貴ではないがゆえに羨むものが多いのだ」 人間ではない化け物が、醜悪にほくそ笑む。 「お前のような不味そうな女でも、人間の血に興味のある下位ヴァンパイアどもは喜んで群がるだろうさ……!」 私は……ヴァンパイアの餌にされるの……?いや……元々餌として来たのだ。動かない身体を、アッシュの部下のヴァンパイアたちが無理矢理引きずっていく。 アッシュは笑い、アイリーナはアッシュに見えぬよう、私にあっかんべーを向ける。あの……女……っ! あの女の我が儘で、餌として嫁いだことも、身勝手に離縁され、ヴァンパイアたちの餌にされることも、何もかも……。
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