M ESA

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以来… この国の狼たちは、住み慣れた森を離れて、食物の豊かな北へと移動している。 メヒコの経済は絶望してるわけではないが、なぜこうも絶望的なのか? ペソは〈重さ〉という意味なのに、ますます軽くなる。 俺たちは、大もとを米国資本に押さえられてしまってるし、他国からのたくさんの負債もある。 だけど知ってる。 この国の金持ち達の預金を集めれば、他国からの借金を楽に返せるってことを… しかし、預金は、この国の銀行(バンコ)にはなかった。それは、欧州で肥え太っていた。 メヒコは幾重にも傷ついていた。 ──チャランゴよ 私の民族は死んでゆく 他の文明に滅ぼされて 踊る狼たち 血と怒りとが 哀しみと諦念で 凍りついた 地卓(メサ)の上で… 僕らは、コヨアカンの〈青い家(カーサアズル)〉に向かう。 壁画家ディエゴ・リベラが、妻フリーダ・カーロと住んだ館だ。 外壁が群青(ウルトラマリン)なので、そう呼ばれる。 現在は「フリーダ・カーロ美術館」になっている。 出入り口に大きなユダ人形が吊るされ、館のベランダに、色鮮やかなピニャータが、いくつも下がっている。 アトリエ、部屋、キッチン…フリーダ愛用の品々。 館内では、彼女の遺作『生命万歳(ビバ・ラ・ビダ)』が、ひときわ目を引く。 フリーダの絵の実物は印刷物で見るものより全体のトーンが柔らかい。 僕は、彼女の素描画に目を奪われた。 若い男性の裸像で、しかも〈対〉になっているのだ。 館を後にして… とうとう僕が、コヨアカンの簡素な宿に〈彼〉を誘った。 何度目かの契りを交わすため(インテル・カンビアンド)に。 66
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