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「あれ、前髪短くなった?」
そんな日常の中に気まぐれに湧いて、溶けて、消えていくような何の変哲もない問いが、朝から課題に勤しむ私の耳を掠めた。
それが妙に意識の端に残る。
"前髪" というキーワードに覚えがあったからかもしれない。
ふ、と顔を上げて声のした方を見れば、人懐こい笑みがまっすぐ私を見つめていて、さっきの声は私に向けられていたのだと気がついた。
男の子っぽいすっきりとした顔立ちは、一見して冷たそうだけれど、笑うと一気に目元が優しくなる。
「ん?」
それに内心戸惑って見つめ返すみたいになれば、小首を傾げられる。
無邪気そのものなその仕草に、心の隅っこを柔くくすぐられたような心地になる。
「……あ、うん」
何が「うん」なのか。
とっくにさっきの問いなんて、空気に溶けてすっかり薄らいでしまった頃に紡いだ返事は、それでも彼には正確に伝わったみたい。
「やっぱり?なんか雰囲気変わったと思った」
そう言って、ニカッと破顔してみせる。
どきり、胸が跳ねた。
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