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少し赤みがかっていた空が嘘のように暗くなり、冗談のように大きな雨音を鳴らしている。六月のこの時期、それは珍しい事ではなかった。ただ、今日だけは傘を忘れていた。ついてない。その原因を私は静かに睨みつける。
目の前にはF30号の大きなキャンバスがあった。そこに描かれているのは少年の背中だ。私が大好きで、大切で、いつも見慣れた背中。少年は少し猫背で姿勢悪くパソコンのキーボードを叩いている。私が一番大好きだった景色、そしてもう見る事が出来ない景色だった。
べつにこいつが死んだわけじゃない。むしろ今もピンピンしている。この絵のように今もパソコンに向かって文字を打ち込んでいるだろう。こいつは小説を書く事が好きだった。私が絵を描く事が好きな程度には。
ただ、今その背中を見ているのは私ではない。最近出来たこいつの彼女だ。確か同じ部活の先輩だったはずだ。詳しくは知らない。知りたくもない。こいつを運ぶ為に今日は傘を持つ事をやめたのだ。
ちらりと外を見る。雨はまだ降っている。ただ音は少し弱くなっただろうか。これならもう少し待てば止むかも知れない。
私は筆を取り、大事に持ってきたこの絵に大きく『バカ』と描いた。誰に向けての言葉だろうか。アイツか、それとも気持ちを素直に伝えなかった自分に対してだろうか。今はもう分からない。
私はカバンを背負い。教室を出る。雨はまだ止んでいない。でも良いではないか。雨に打たれたい気分だった。
小降りになった雨が私の頬を伝った。
大丈夫。
雨が上がればまたいつものようにアイツに会える。
雨が上がれば。
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