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本当に、申し訳ありません。
再び床に額を擦り付けた女の声は震えていた。
この娘は此度、竜神の花嫁になる筈だったのだという。ちょうどよい年頃の生娘が、自分だけであったから。
𠮷信は嫌な予感がした。
お野々は夫のある身ではあるが、年の頃や背格好はこの娘とそう変わらない。おぞましい予感が背筋を這う。
「まさか、お野々を身代わりにしたのではあるまいな」
「……父は、我が子可愛さにお野々ちゃんを騙したのです。わ、私も、とても恐ろしくてやめて欲しいと、言えなかった……!」
「あの野郎っ!」
𠮷信は弾かれたように立ち上がった。
森蔵のやつ、ひとの妻を娘の身代わりにしやがった。ゆるせん。とっちめてお野々の居場所を吐かせにゃならん。
「お止しよ」
怒りに燃える𠮷信の袖を、僧が引き留める。
「村の人間をどついたって奥方は帰ってこないさ。こういうのは元を断たねばね」
「元を?」
首を傾げてから、𠮷信は「そういえば、なんであんたはこの村に来たんだ」と尋ねた。訳知り顔の僧は、偶然この村に訪れたわけではなさそうだった。
「江戸に九十九屋という、けちな人形職人がいるんだが……彼は裏では名の知れた拝み屋でね。お雪さんから村の竜神様を調べてほしいと文を貰った。ところが、彼はほんっとうに腰の重い男でね。たまたま長屋に居候していた私に押し付け……いや、代わりを頼んだわけだよ」
胡散臭い男の、胡散臭い話だ。
顔に出ていたらしい。天城は深編笠の奥で「そうとも。いかがわしい仕事さ」と喉を鳴らして笑った。その腕の中でぴくりとも動かない赤子がこちらをじっと見つめているのが、なんとも不気味だ。
「聞いたところによると、この『黒無垢流し』が始まったのは50年ほど前からだ。ちょうどこの辺りで水害が起きた年だね。周りの集落はひどい被害を被ったが、この村だけは何故か無事だった」
「その竜神様とやらのご加護ではないのか」
天城は「まさか」と肩をすくめる動作をした。僧のくせに神仏に対する姿勢が皮肉めいている。つくづくまっとうな僧ではない。
「神や仏は見返りなんて求めない。対価を払わせるのは邪なものと、相場が決まっている」
神を騙る邪なもの。なんとも現実味のない話だ。
𠮷信はどこか夢物語でも聞いているような心地になった。しかし、お野々が生け贄にされたのはまぎれもない現実だ。
「これからどうするつもりなんだ」
「もちろん、竜神様とやらの巣に赴いて、これを斬る」
「でも、鍾乳洞の中には何もありませんよ」
お雪が躊躇いながらも声をあげた。彼女も隠れている間、今までの生け贄やお野々がどこに消えていったのかを調べていたらしい。
「鍾乳洞が巣の入口なのは間違いない。入るには手順が必要なんだ。――夕暮れ時に、黒い花嫁衣裳を着て、小舟で入る。恐らくだけど、それで入れる筈だ」
深編笠の奥の唇が「花嫁が要るね」と笑った。
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