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はっと意識を取り戻した花嫁は、慌てて辺りを見渡した。ここは、小舟の上ではない。冷たく湿った岩肌の上だ。
四方を岩肌で囲まれていて出口も、入口もない。灯りの類いはないが、壁が薄ぼんやりと光って見えた。苔が光っているのだ。空気はひんやりと冷たく、空気を吸い込むたび喉がヒリヒリとした。
その不思議な空間の中心に、横たわる女がいる。
乱れた黒い花嫁衣裳をそのままに、ぐったりとしたその女を、花嫁はよく知っていた。
「お野々!」
花嫁――に扮していた𠮷信は駆け出した。もつれる足を引きずって、年若い妻の元に走る。
「あ、あんた……?」
お野々は生きていた。ひどく憔悴した青い顔をしているが、𠮷信の顔を見て頬を緩める。
「なんて、かっこう……」
「お前も同じじゃないか」
「そうね……そうだわ」
ふふ、とお野々は可笑しそうに笑った。
「ここに来れば、お子を授かれると、森蔵さんに言われたの。……うそ、だったのね」
諦めが滲む声を出す妻を抱き起こす。
「どうしても子どもが欲しいなら、他所から貰ったっていいんだ。お前が気に病むことじゃない」
「違うのよ。私、子どもが絶対に欲しいってわけじゃない。でも、自分の子がいたら、あんたが早く家に帰ってくるんじゃないかと、そう、思ったの……」
「お前……」
ぎゅう、と心臓が軋むような心地だった。
ぽつりぽつりと言葉を紡ぐお野々はいじらしい。𠮷信はこの若い妻に、そんなに寂しい思いをさせていたのかと自分を恥じた。
「帰るぞ、お野々。お前がいてくれりゃ、それでいいから。……これからは、ちゃんと早く帰るから」
「あんた……」
そっと身体を寄せるお野々を抱き締めた。湿った身体は寒さに震えている。熱を分け与えるように、頬を寄せた。その時、
オオオオオオオオッ!
村で聞いたあの声がした。洞窟を叩き割るような雄叫びが近くから聞こえる。ごうごうと風が渦巻いた。ふき飛ばされるのではないかと、𠮷信はきつくお野々を抱き締める。
マダ……ヂガヴ……
声が聞こえた。
人の声でも、獣の声でもない。ぞっと背筋を凍らせるような、恐ろしい声。
ふと顔を上げると、爬虫類めいた金の相貌があった。洞窟の天井に巨大な薄水色の蛞蝓めいた身体を張り付け、目玉だけを伸ばしてこちらを見ている。
べちゃり、蛞蝓が地面に落ちた。
「なんだ……これは……」
およそこの世の生き物とは思えなかった。かといって、神の類いとも思いたくない。醜悪でおぞましき生き物。
ヂガヴッ……!
否定の声がする。怒っているのだ。何となくそう思った。
前の贄も、此度の贄も、生娘ではなかったから、怒っている。
「――夫婦の再会に水を差すんじゃないよ」
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