SS「在りし日の竜」

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遠い昔、山奥の洞窟に一匹のドラゴンが住んでいた。このドラゴンは、かつては誰と戦っても勝てると言われるほどの強さを持っていた。鋭い爪、強靭な鱗、そして火を吐く力を持っていた。しかし時が経つにつれてその力は薄れ、火の吐き方すら忘れてしまった。 ドラゴンの名前はヴィロ。彼はかつての栄光を失い、孤独な日々を過ごしていた。山の麓の村人たちは、彼がまだ危険であると信じ、近づくことを避けていた。しかし実際には、ヴィロは誰とも戦う意志を持たず、ただ静かに生きていた。 ある日、一人の少女が山へ迷い込んだ。彼女の名前はエレナ。エレナは村で唯一、ドラゴンの話を信じず、その存在に興味を持っていた。彼女はヴィロの洞窟を見つけ、恐る恐る中に入った。洞窟の奥で、巨大なドラゴンが横たわっているのを見て、エレナは驚いた。 「こんにちは、ヴィロ」彼女は勇気を振り絞って声をかけた。 ヴィロは目を開け、少女を見つめた。「なぜここに来たのだ、少女よ。私は危険だと聞かなかったのか?」 エレナは微笑んで答えた。「私はあなたが本当は危険じゃないって信じてたの。あなたはもう戦いたくないんでしょう?」 ヴィロは深い溜息をついた。「その通りだ。私はもう誰とも戦いたくない。力を失い、ただ平和に過ごしたいだけだ」 エレナは頷いた。「なら、一緒に平和な時間を過ごしましょう。私はあなたに話を聞かせるわ。あなたは私に、昔の話を聞かせて」 こうして、エレナとヴィロは友達になった。彼女は毎日山へ登り、ドラゴンに話を聞かせた。ヴィロは自分の過去の冒険や戦いを語り、二人は互いの話に耳を傾けた。 時が経つにつれ、村人たちもエレナの話を聞き、次第にドラゴンへの恐怖を解いていった。ヴィロは再び戦うことなく、静かに余生を過ごすことができた。彼はもう誰とも戦わないことを選び、ただ友人との穏やかな日々を楽しんだ。 しかし平和は長く続かなかった。ある騎士団が、功名のためにヴィロを討伐しようとした。 「ヴィロは力を失っている」騎士団は意気揚々とヴィロの元に向かった。 そして騎士団は、火に巻かれて消し炭になった。怒りから力を取り戻したヴィロの敵ではなかったのだ。 数日後、エレナが訪ねてきた。ヴィロは目を閉じながら言った。「私は力を取り戻したようだ」 エレナは頷いた。「そうね、ヴィロ。これからどうするの?」 ヴィロは目を開け、翼を羽ばたかせて空を舞った。「旅に出ようと思う。力を取り戻してしまった。いつ昔に戻るとも知れない。だからもうお前たちとは一緒に居られない。楽しかったぞ、エレナ」 ヴィロはそう言うと、どこかへ飛び去った。エレナはただ空をじっと見つめていた。在りし日の友人の思いを胸に。
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