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第1話 聖女として召喚され速攻ただの人認定されました
ものすごく揺れる乗り物に乗ったかのような吐き気が私を襲う。
それに頭も痛いし、倦怠感が酷くて目を開けるのすら億劫だ。
ガンガン痛む頭を押さえるため手を上げようとしたけれど、肘あたりに何かがひかかって、これ以上腕が上がらない。
例えるなら、ジェットコースターの安全バーが、肘に引っかかっているような感じ。
どうやら私は、座った体勢になっているみたい。
背中がもたれられるようにいい感じに傾いていて、お尻はこれまた丁度いい感じの凹みにはまっているので、座り心地はとってもいい。
我が家の狭いワンルームで使っている安物の座椅子よりも、断然いい。
まるで自然素材の高級な木製の椅子に座っているような――
……ん、椅子？
「って、椅子⁉」
いやいやおかしい！ 私、ベッドに横になっていたはず！
寝ぼけて座椅子に座ったとて、そもそもうちの家の座椅子モコモコ系だし‼
次の瞬間、頭痛も倦怠感も吹き飛び跳ね起きた。まるで怖い夢から目覚めた主人公のように勢いよく身体を起こし、目の前に広がる現実離れした光景に戦いた。
……いや落ち着け。
ひとまず自分に言い聞かせると、目を閉じる。
これは夢。
すぐに目覚める。
あれだ。
夢がリアル過ぎて、現実との区別が付かないやつだ。さっきめっちゃ後頭部痛かったけど、そういう夢だ。
目を開ければ、やっぱり夢だったわーってなるはず。
瞳を開く。
はい、何も変わってませんっ‼
視界に入ってきたのは、ドーム型の天井。内側の壁には、複雑な彫刻が施されいる。
天井の中央には大きな穴が開いており、表面がツルッとしている白い巨木が突き出て、外に大きな枝を広げていた。外は明るく、茂った葉の隙間から照らされる太陽の光がまぶしい。
いや、木、でかすぎん？ 灰色の森の主が住んでそう。
どうやら私は、この大樹の幹の窪みにうまくはまった状態で座っているみたい。まるで私の落下を防ぐように、ジェットコースターの安全バーみたいな細い枝が、最近あまり食べれていなくて痩せちゃった身体に巻き付いている。
心の隅で、こんな絡み方する枝ある？ という疑問が生じたけれど、多分今疑問を抱くのはそこじゃないと考えるのを止めた。
だって、視線を下に向けると足場がないことに気付いたから。
マンションでいえば三階ぐらいの高さ。
さらに足場もなく、身体を支えてくれるのがお尻の窪みと謎な絡み方をしている枝なんだから、全身から血の気が引くのも仕方ないと思う。
どう考えても私の家じゃない。
ていうか日本ですらなさそう。
え、もしかして天国？
仮眠とってる間に、私――瀬田穂花死んじゃった？
二十五歳っていう若さなのに、人生の楽しみも見いだせないまま仕事漬けの毎日送って死んじゃった？
そのとき、
「黒髪に黒い瞳……そしてこの国の人間とは違う服装……間違いない！ 伝承どおりだ！」
「異世界の人間だ！」
「聖女様が降臨された‼ これで我々は救われるぞ！」
この空間に入って来たローブ姿の人々が、木に縛り付けられている私を見るやいなや声をあげた。
確かに、この人たちが言うように、私は、羨ましがられることの多いちょっと自慢なくっきり二重な黒目に、美容院に行く時間が惜しくてセルフカットしたミディアムヘアーは真っ黒。
だけど、伝承？
異世界？
……聖女？
なにそれ。
日本では声を大にして発言するには場所を考えたい単語が、人々の口から恥ずかしげも無く発されている。
どう見ても現代日本じゃない景色。
現実離れした木のでかさ。
そして歓声をあげる謎のローブ姿な人々。
この光景、見たことある。
いや、正確には見たことがあるんじゃなく、こういう光景を何度か脳内で再生している気がする。
……あ。これWEB小説で見たやつだ――‼
いわゆる異世界転移物と呼ばれるジャンルに分類される現象に違いない。
異世界転移物とは確か、現代の日本人が突然異世界に召喚され、冒険や恋などなど、その世界で色んなことを繰り広げていく系なお話の一幕に非常によく似ていた。
仕事の激務の合間に読みあさって現実逃――いや、気晴らししてて、一時期、目覚めたら異世界に飛ばされないかなって本気で思ってたこともあったけれど、まさかこのタイミングで実現するとは。
「異世界の聖女さま！ どうか、魔樹の被害から私たちをお救いください！」
「貴女さまの力で、魔樹の森の結界を張りなおしてください！」
「お願いいたします！ この国のために、どうかその偉大なるお力をお貸しください！」
人々が縋るように私に懇願するけど……
なるほど分からん！
っていうかどう考えても、聖女などという癒やし系の代名詞みたいな人と、疲労系代表である私がイコールなわけがない。
「ひ、人違いじゃないですか？ 私にそんな力ありませんし、そもそも聖女なんて存在とは対極にいますからね？ いつも疲れてますし、癒やしどころか、育てた植物はことごとく枯らしちゃいますし！」
「人違いではございません！ 代々聖女さまは、聖樹のお導きによって今の貴女さまのように突然現れるのです。皆が貴女さまの召喚を心待ちにしておりました！ どうか……どうかこの国をお救いください。貴女さまにしか出来ないことなのです！」
私にしか、出来ないこと――？
ローブ姿の人が強い口調で言葉を遮った瞬間、私の頭の中でとある光景がフラッシュバックした。
『瀬田くん、皆が君に期待し、任せたいと思っているんだ』
『ねえ瀬田さん、これお願い出来る？ あなたにしかお願いできないのよー』
『この程度が出来なくて何が社会人だ』
目の前の景色から突然色が消えたような気がした。急に落ち着かなくなり、指先が小刻みに震え出す。
私、期待されてる。
応えなきゃ。
皆の期待に、応え――
「鎮まりなさい、皆の者。彼女は聖女ではありません」
突然、静かながらも力強い声がホール内に響き渡った。私を含めた皆の視線がそちらに向く。
視線の先にいたのは、金髪をアップにしたお婆さんだった。
頭には、金と宝石で装飾された少し高い帽子を被っており、この場で一番位の高い人物だと一目で分かる。彼女の後ろには、武器を携えた護衛らしき男性が二人付き添っていた。
彼女の姿を見た瞬間、ローブ姿の人々が一斉に跪き、頭を垂れた。そのうちの一人が、失礼ながらと前置きをして、お婆さんに問いかける。
「この方が聖女ではないとは一体どういうことでしょうか、大神官さま！」
大神官さまと呼ばれたお婆さんは、加齢で垂れつつも、強い生命力を感じさせられる青い瞳を細めると、私に鋭い視線を投げかけた。
「この者から聖女の印たる【無限の輪】が見られません。特徴的に異世界の人間であることには間違いないでしょうが聖女ではありません。それに代々の聖女さまは、ご自身の役目をご存じだった。しかしこの女性は、何も知らないように見受けられます」
「た、確かに……」
「誤解だって、そう言っていたような……」
大神官さまの話を聞き、先ほどまで私に救いを求めていたローブ姿の人々の顔が失意の表情へと変わっていく。
え、これ私が悪い感じなの？
大神官さまは私から視線を外すと、ローブ姿の人々に優しく微笑みかけた。
「確かに今、この国では魔樹の被害が増えています。皆が不安になるのも仕方ないでしょう。しかし恐れることはありません。樹木神ホーリーは必ずや、我々に救いの手を差し伸べてくださるはずです。これまでも、そしてこれからも――」
大神官さまの力強い声色が、ホールに響き渡った。
その言葉に、明らかに失望の色を見せていた人々の表情が明るさを取り戻すと、ホールを立ち去る大神官さまの後について立ち去っていった。
残ったのは私と、一人の女性だけ。
ええっと私、結局……聖女じゃなかったってこと？
聖女じゃなく、間違って召喚された普通の人Aだったってこと？
え、やっぱりこれ、私が悪い感じなの？
女性の青い瞳が私を見上げている。
金髪の長い髪を三つ編みにして肩に編み下ろしている、前髪はパッツンな綺麗な女性だ。
しばしの沈黙後――
「えっと……あの……ここからどうやって下りたら良いですか？」
地上三階、足場のない不安定な場所から降りられない私の、
人々の期待に期待され、速攻失望された私の、少し泣きそうな声が響き渡った。
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