第14話 信頼

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第14話 信頼

 ――信頼。  会社で山ほど聞いた言葉だ。  その単語を口実に、どれだけ仕事を押しつけられただろう。  でもこの人の口から発されたそれは、特別な響きを纏っているように思えた。  思い返すとこの人、私がすること、その結果を、全て受け止めてくれていたから。    アリエスが怠惰だから、全て私に任せてたって可能性もあるけれど、それなら私に余計なことをさせない方が楽なわけで……  彼の言葉が、じわじわと心の中に染みこんでいく。  元の世界では得られなかった繋がりに胸が苦しくなると同時に、それを今向けてくれている人がいる嬉しさが涙となって溢れ出す。  私の働きを……ううん、私を見ていてくれた嬉しさが―― 「ま、まあそういうことだ! 変わることは決して不可能じゃない。変わりたいっていうなら手を貸してやる。この仕事が本当に嫌なら、別の仕事だって斡旋してやる。皆、お前の頑張りを見てるからな。少なくとも、俺よりかは協力して貰えるさ」  また私が泣き出したからか、アリエスは慌てた様子で、励ましとも自虐ともとれる言葉を投げかけた。  彼の言葉に、私は涙を拭いながら強く頷く。 「……そうですね、あなたよりも協力して頂けるという部分は、間違いないと思います」 「って、おい、人が謙遜して言ってやったのに、さらっと肯定して俺の心を傷つけるのはやめろ!」 「この程度で傷つくほど繊細な心の持ち主じゃないですよね? むしろどうやったら凹むんだってくらいの、鋼メンタルじゃないですか」 「いや、繊細だからな? 今ではこうだけど、子どもん頃とか、かなり繊細な少年だったからな?」 「……何を言っているのですか、アリエス。子どもの頃も、今とさほど変わりはなかった性格をしていたと記憶していますが?」  私たちの会話に突然別の声が入ってきて、アリエスが目を瞠った。振り向くとそこには、ヴァレリアさまと護衛の神官兵が立っていた。  突然、魔樹がいる危険な場所に大神官さまが現れ、辺りが騒然となった。  しかしヴァレリアさまご本人は、周囲の騒ぎなど全く気にも留めず、アリエスを見て笑っている。 「ヴァレリア⁉ なんでお前がここに……」 「ホノカさまとお前が、新たな方法で魔樹を枯らそうとしていると聞いたのです」  私たちが、神殿で魔樹化した植物を枯らした話を聞き、後を追ってきたのだという。  真っ黒に染まる結界を一瞥すると、ヴァレリアさまの顔から笑みが消えた。鋭い視線を結界に向けるながら、アリエスに問いかける。 「しかし撤退をしたと聞きました。苦戦しているのですか?」 「……やはり浄化の炎で焼こうと思っている。俺が早急すぎた。魔樹を枯らした一例が出ただけで碌な検証もせず、ホノカに無理を強いた」 「そうですか。なら一刻も早く終わらせるべきでしょう」 「ああ、そのつも――」 「もう一度、やらせてもらえませんか?」  ヴァレリアさまとアリエス、二人分の視線が私に向けられた。    手に握ったままの銀じょうろを、ギュッと強く握りしめる。  アリエスが戸惑いの表情を浮かべた。 「ホノカ、嫌なんだろ? なのに無理に他人の期待に応えようなどしなくても――」 「違います。私……やってみたいんです。怖いですけど、挑戦してみたいんです‼」  本心だった。  他人の期待を感じ、咄嗟に応えようとしたんじゃない。  パワハラの呪縛でもない。  このまま終わりたくないという悔しさからくる、自分の本心。  決意を固め、アリエスを見つめる。 「お願いです、アリエスさん。もう一度、私にチャンスをください。魔樹を止めるのを手伝って貰えませんか?」 「……もう一度だなんてケチくさいこと言うな。何度だって付き合ってやるよ。後のことなど気にせず、思いっきりやってみろ」  そう言ってアリエスは、右手の平を自分の肩の方まで上げた。  突き動かされる。  想いが恐怖を越える。 「はい!」  アリエスと重なった私の手から、パンッという良い音が響き渡った。
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